「幽霊が出るんです・・・」


涙目でそう雨音に言ったのは短刀の中でも一等幼い見た目をしている五虎退だった。
「幽霊、ですか?」
うーん、とメガネを元の位置に戻しながら雨音は首を傾げる。
「この本丸と言うのは疑似神域だという事を聞きました。・・・魂魄の類が紛れ込むことが出来るのでしょうか」
「どうだろうね、事実君は前任を連れて来ていたじゃないか」
にっかり青江の声に雨音はそうなんですよねぇ、と返す。
「でもあれはきちんとした手順を踏まえた上で地獄から輸送してもらったんですよ?五虎退さんが言う幽霊は浮遊霊の類になっちゃうんですよねぇ。お迎え課が行くより先に逃げちゃったのかな」
携帯を取り出すとカチカチとメールを打ち出す。
「分かりました。私はまだ仕事をしていますし、夜中でも幽霊の気配を感じたら私を起こしてください。判別は私がします」
もう怖くないですよ、と微笑みながら雨音は五虎退の頭を撫でる。
「は、はい・・・!」
それでもこの幼子も戦場に行けば大虎になるのだから末恐ろしいものである。

(人間もロクなこと考えないものですよねぇ)

内心でため息を吐いて雨音はそう考えた。
それから数日は平和なものだった。
もうしばらくしたらノルマをこなさなくてはならない日々に戻る為雨音としても刀剣男士達の調子は整えなくてはならない。
短刀は幼い見た目とはいえ立派な武人である。
しかし刀装は一つしか身に付けることが出来ないので彼らに特上の刀装を優先して装備させる。
「では本日は会議を始めたいと思います。この1ヵ月、多少はゆっくりと休むことが出来たかと思います。しかしこの場は戦場です。いつまでも休むことは出来ません。ですので少しずつ出陣をし戦い方の勘を取り戻してください。部隊長には和泉守さん、同田貫さん、御手杵さん、歌仙さんを据えまして、何かありましたら乱さんを含めました5人を通してでもいいのですぐ私に報告してください。社会において報・連・相は基本中の基本ですよ。
 また、刀装は装備できる数が少ない方から特上を付けていく形になりますのでそこはご了承ください。3つ付けられるなら並でも十分です。いけます」
向かう戦場は肩慣らしという事も兼ねてか練度が低めの場所だ。
「何か聞きたいことはありますか?」
「部隊長がその4人なのと、アンタへの窓口が乱なのは何故だ?」
薬研の問いに雨音はそれは簡単ですよ、と口元に笑みを浮かべる。
「和泉守さん、同田貫さん、御手杵さん、歌仙さん、乱さんは何度か私と一緒に戦場へ向かっていましたからある程度体の勘を取り戻しています。彼らを部隊長とし、同時に私への窓口と致します。話すのが嫌でなければ直接でも構いませんよ。その方が話に齟齬も出ませんからね」
「なるほどな。雨音殿がそう考えるならそれに従わせてもらうさ」
一人一人に刀装を渡し、部隊を結成させる。
「それでは四部隊全て平均練度より少し弱めの所に出陣してきてください」

はあ!?という刀剣男士たちの声(除:同田貫、御手杵、歌仙、和泉守、乱)が重なる。

「何を仰っているんですか!?四部隊全て出陣!?そんな事をして敵に攻め込まれでもしたら・・・」
慌てたような一期の声に雨音はにっこりとほほ笑むと自らの相棒でもある金棒を手に取る。
「我々地獄の住人は現世での人の行いに介入することはありません・・・が、現在私は審神者です。つまり敵に襲われたら私が自ら戦線にでても構わないという事ですよね」

あ、これほっといても大丈夫な奴だ。
むしろ攻め込まれても一人で虐殺するわ。
安心して仲間の守り任せられるわ。

パッシパッシと手のひらに金棒を叩きつける動作に不安を感じればいいのか安心を感じればいいのか分からなくなる刀剣男士達。
こんなときどんな顔をしたらいいか分からないの。

「では各々よろしくお願いいたしますね。体に不調を感じたら必ず部隊長に報告し、帰投すること。体調不良のまま進軍することは許しません」

初めは一戦二戦した後で吐き気やめまいを覚えて戻ってくる部隊もあったがそれを数日続けていくにつれ刀としての闘争本能が徐々に戻ってきたのか戦場で体調不良を訴える刀剣男士達は居なくなった。
しかしそれと同時に本人たちの刀としての能力も戻ったらしい。

「不浄の気配を感じるね」
「ええ、何かがこの本丸に紛れ込んでいるようです」

石切丸と太郎太刀の言葉に短刀が涙目になる。
「そうですか。出来るだけ早く対処しないといけませんね・・・。地獄から逃走した亡者などはいないようですのでおそらく迎えが来る前に彷徨ってしまった人間でしょう」
「流石に地獄で働いていたから慣れているね」
「まあそれが仕事ですからね。その彷徨っている人間が故意なのかうっかりなのかは分かりませんがとっととお迎え課に引き渡さないといけませんね」

夕食後広間に集まっている刀剣男士達に向けて雨音は広間に響く声で

「幽霊を見かけたらすぐに私を呼ぶように。間違っても自分で対処しようなどと思わないようにしてくださいね」

そう伝える。

「特に神刀組と青江さん。貴方方が切ったら魂ごと消滅しそうなので。流石に地獄の者として見過ごせませんから」
「ふふ、分かったよ」
そのことを伝えて3日間は特に気配もなく誰もその姿を見る事がなかったが4日目の夜、雨音の部屋の前に人の気配がやってくる。
「五虎退さんに秋田さん?いかがいたしましたか」
声をかければゆっくりと障子が開く。
困り顔の二人の目が雨音を捉える。
「い、いいいいい、いました・・・!」
「雨音さん!どうしましょう、幽霊が居たんです!」
「分かりました。連れて行ってください」
金棒を手に取ると二人に微笑みかける。

「あれです・・・」

真夜中の薄暗い闇の中にぼんやりと浮かぶ人影。
「ああ、確かに亡者ですね」
金棒は手に持ったまま二人にそこに居るように指示を出し亡者の元へ向かう。
「貴方、もう死んでいますよね?どうしてここに?」
『あ・・・?アンタ俺が見えるのか?』
訝しげな顔をした男に、雨音はええ、と返す。
『どうしてってそりゃ・・・死んだあと・・・迷って・・・』
歯切れの悪い言葉に雨音は金棒を地面に叩きつける。音がして土がへこむ。
「なるほど?貴方は死後お迎えが来る前に迷い、ここにやってきた、と?」
『お・・・おう』
「私の目を見てもう一度言ってください」
一体彼女はいまどのような顔をしているのだろうか。亡者の顔色が真っ青である。死んでるのにね。
「・・・逃げたな」
『ひっ・・・』
雨音のドスが効いた低音ボイスに恐怖を感じたのか亡者が逃走しようとし・・・

ゴシャア

という音とともに亡者の頭に金棒が投擲されていた。
「まったく、死後の裁判を恐れて逃げるなんて・・・罪が重くなりますよ?」
何処からともなく縄を取り出し縛りながらそう伝えると亡者はいやだああああああ!と叫び暴れる。
けれど人間と鬼。悲しいかな力の差は歴然である。
「秋田さん、五虎退さん。もう怖い幽霊は居ませんから大丈夫ですよ」
「あ・・・雨音様は大丈夫ですか・・・?」
「ふふ、五虎退さんは優しいですね。大丈夫ですよ。明日の朝になったらコイツを地獄に引き渡して終了です。教えて下さってありがとうございました」
雨音の口からでたありがとう、という言葉に秋田と五虎退は顔を見合わせる。
翌朝地獄からやってきたお迎え課の人間に亡者を引き渡した雨音の両脇に秋田と五虎退がくっ付く。
「秋田!五虎退!」
一期が弟たちの行動に慌てて二人を離そうを駆けだした瞬間

「主君!」「主様!」

キラキラと輝いた笑顔が雨音に向けられる。
「・・・・・・もう大丈夫ですか?」
「はい!主君は僕よりも、僕達よりもお強いです。ですが、僕も五虎退も懐刀として貴女のお側に居たいです」
「ぼ、僕、頑張って強くなります。だからお側に居てもいいですか?」
雨音は二人を離れさせると膝を付き二人を目を合わせる。
「もちろんですよ。私は審神者としてはまだまだ新人です。どうぞよろしくお願いしますね」


後に乱が「僕が一番最初に主様って呼びたかった!」と薬研に愚痴ったという。