復讐の銃と和睦の刀 Side:竜胆


歴史修正主義者の打刀の頭を、女は的確に撃ち抜いた。
敵が消え去ると同時に、女はその場で気持ちが悪そうに顔をしかめた。
最初の頃は敵を殺すたびに吐いていたのでそこから比べれば進歩したものだ。
それを痛ましそうな目で見る薬研藤四郎と小夜左文字。
「なぁ、お嬢。アンタ、それで本当に大丈夫なのか?」
この短刀達は彼女の刀剣男士ではない。
彼女が見習いとして住まわせてもらっている先の刀剣達だ。

見習いを終えた彼女が行く先は、いわゆるブラック本丸と言う場所だった。

薬研の言葉に彼女は下手くそな笑みを浮かべる。
「大丈夫、ありがとう。・・・私が、やらなくちゃいけないから」
乱暴に口元を拭い、敵の殲滅を確認すると三人は揃って本丸へと戻っていく。
「おかえりなさい!無事に・・・って見習いちゃん!またそうやって泥塗りたくって!」
「ただいまです、先輩。何度も言ってますけど潜伏するのに顔って意外と目立つんですって!泥塗ってる方が目立たなくていいんです!私そこまでお洒落に興味ないですから!」
彼女の趣味はサバイバルゲーム。その時に使っていた一式を鍛冶妖精さんに頼んで強化してもらい、ガスガンも彼女の霊力を相手に打ち込む呪具として生まれ変わった。もちろん霊力だけでなく実弾も発射できる強化具合である。
その仕様を見た瞬間、彼女は膝から崩れ落ち・・・そしてダッシュで万屋へ向かい高級金平糖を彼らへ貢いだ。手入れ部屋の妖精さんにもお世話になっていたので彼らにも貢いだ。

「もう・・・貴女そんなに可愛い顔してるのに・・・」
先輩審神者の泣きそうな声に、彼女もつられて泣きそうになる。
「顔、洗ってきます。燭台切さん・・・」
「うん、任せて」
彼もまた泣きそうだ。
この本丸で見習いとして1ヵ月。とても楽しかった。
彼らの主ではないけれども、彼らは同僚として彼女を迎え入れ、そして鍛え上げてくれた。
彼女の武器は刀ではないけれども武器を持っていない場合の対処方法や短刀達は自分たちの使い方を教えてくれた。
それは彼女が刀剣男士を顕現させる気が無いから、としか言いようがない。
もしも彼女が戦場で自分たちを拾ったら。その時はせめて彼女の身を守ってくれますように。
彼らはそう願う事しかできなかった。
顔を洗い終え、彼女は庭に用意された椅子に座ってすっぽりと白い布を被る。
首元にしっかりと巻き終えると燭台切が鋏を持って彼女の後ろに立つ。
「本当に、いいんだね」
「はい」
ジャキリ。
音がして彼女の髪が地面に落ちる。
ジャキリ、ジャキリ。
音がするたびに彼女の長かった髪は落ちていき、やがて首元よりも短くなる。
「うう、みならいさまのうつくしいおぐしが・・・」
「ありがとう、今剣君。・・・私は今から私を捨てて「俺」になるから」
髪は女の命。彼らの時代では女は長髪が当たり前。
短くなった髪の毛。鏡を見て出来上がりを確認してから彼女は燭台切にありがとうと言ってほほ笑む。
「せめて、今日は君の為に豪華な料理を作るから」
なんて優しい神様なんだろう、彼女は笑いながらありがとう!と言った。

夜が明ける前、彼女は先輩審神者と共にゲートの前に居た。
「何かあったらすぐ私に連絡頂戴ね」
「はい」
「いくら戦場に出られるようになったからって無理はしないこと」
「はい」
「怪我をしたら即撤退。小さな怪我でもきちんと手当すること」
「・・・はい」
だんだんと泣きそうになってくる先輩に良い人に当ったな、と彼女は思う。
「見習いよ。お主はとても魂が美しい。それが故にこれから大変な思いもするであろう。だが、お主にとっての「帰る場所」がここであればよい、とじじいは思っておる」
天下五剣の美しい刀はそう言って彼女の頭を撫でた。
「三日月の言う通りよ。辛くなったらいつでも帰ってきて。私も、刀剣達も、皆貴女の味方だからね」
先輩はそういうととうとう泣き出してしまい、彼女をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「・・・ありがとうございます、先輩、三日月さん」
思わずぐすっと鼻を鳴らす。
でもいつまでもこの優しさに浸っているわけにはいかない。先輩から離れるとゲートへ入ろうとして、

「僕を連れて行って」

袖を引っ張られる感覚とこの1ヵ月で聞きなれた短刀の声が彼女の耳に入る。
「小夜君・・・何を言って・・・」
「ああ、やっぱり小夜が行くのね」
このことを予見していたのか先輩は涙目ながらも口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「いや、あの、どういう・・・」
「短刀のみんながね、貴女がここを出ていくときに誰か一人付いていくってずっと話していたの。「主様ごめんなさい」「見習い様を放っておけないんです」って言いながら。一期も江雪も宗三も皆彼らの意思を尊重してくれたわ。・・・貴女が良ければ、小夜左文字。彼を貴女の初期刀として側に置いてあげてくれないかしら?」
先輩と小夜の視線を受けて「私は・・・」と彼女は口を震わせる。
「私からも、お願いいたします」
「江雪、さん・・・宗三さんも・・・」
丁寧な所作で頭を下げる江雪といつも見ている気だるげな表情をした宗三。
「復讐の為ではなく、貴女を守りたいと小夜が言っているのです。小夜のその気持ちを受け取りなさい」
ツン、と鼻の奥が痛む。
「ありがと・・・ございました・・・!」
彼女はそのまま小夜との主従契約を結びなおす。
「貴女の名前を考えたの。竜胆。どうかしら?」
「・・・私には勿体ない名前です」
そんなことないわ、と先輩が笑う。
「竜胆も小夜も、いつでもここに帰ってきてね。辛くなったら連絡を頂戴ね」
「はい」
「うん、有難う」
彼女はそのまま小夜を刀の姿に戻すと懐に忍ばせる。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

彼女はそうしてゲートをくぐった。


***
手入れは受けたくない、出陣したくない、人間の言う事聞きたくない。
ブラック本丸のテンプレートのセリフを言われ続ける彼女はどうしたものかと思案する。
出来ることならその手は使いたくない。
人の姿を取ったのだから、今まで辛かった分これから楽しいことでいっぱいにしてほしい。
(どうするの?主)
(もうこれしかないかなぁって)
(・・・分かった。何かあればすぐに呼び出して。・・・主の敵は僕が必ず殺してあげる)
(ありがと、でも今は殺しに来たわけじゃないから)
小夜の後押しに彼女は苦笑を浮かべたが直ぐに表情を戻す。
「かしこまりました。それでは俺からもう一つの提案をさせてください。・・・貴方方を手入れし、望むのであれば然るべき手順を踏み刀解させていただきます。今こうして人の身を持ち苦しみ続けるのであれば、俺は・・・貴方方は本霊へ還るべきだと考えます」
こんのすけは何も言わない。
この小さな式神は、彼女が研修を受ける前本部で何をしたのかを知っているからだ。
男の姿に扮した彼女は、豪胆であってそして繊細で。中々に難しい生き物。
「出陣に関しても出たくないというのであれば、俺が出陣しますのでお気遣いなく。手入れ部屋は清掃をし、手入れの妖精に全てを離してあります。皆さんを手伝い札を使って手入れをしても全員分直ぐに終わります。・・・刀解を望む方はこんのすけへ仰ってください。必ず、皆さんを本霊へ戻すと御約束します」
失礼いたします、と彼女は頭を下げてからその場を後にしていった。

「政府の狐よ」
襖一枚隔てた所からの声にこんのすけは何でしょうか?と言葉を返す。
「あの童が言ったことは真か?」
「・・・ええ、そうですね。あの方は・・・あのお方は・・・!」
ダンッとこんのすけがその短い前足で廊下を叩いた。
「練度が高いから、レアが揃っているからと刀解させないと言い続けていた政府のクズ役人の顔面に一発素晴らしい拳を叩き込みマウントポジションを取ったかと思えば「貴様らみたいなのがのさばっているから苦しむ神様が出るんだろうが」「黙れクソ豚が!てめぇを単騎で戦場に放ってやろうか?その駄肉がありゃあ多少刀ぶっ刺さっても死にはしねーだろうがよ!」と何発も顔に向かって拳を入れるあの美しくも強いあのお姿!!こんのすけは・・・こんのすけはあのお方に一生ついていきます!」

聞いてねえよ、と言うところまで事細かに話すこんのすけは少々頭が可笑しいのかもしれない。

「そういう訳ですので手入れはご自分でどうぞ。動けない方がおりましたら仰ってください。また刀解を望まれる方はこんのすけまでどうぞ。呼んでいただければ駆けつけますので」
失礼します。襖を隔てていたので分からないがこんのすけもまた頭を下げてその場を去って行った。

「よっし、とりあえず離れに結界も張ったし・・・・・・小夜左文字」
懐から取り出した刀を呼べば小夜は人の姿を取る。
「・・・あの中に、江雪兄様が居た」
「宗三さんは?」
彼女の問いに小夜は首を横に振る。
「ねえ、小夜。・・・今から君が目撃する光景は君にとって地獄と同じものになると思う。本当に、よかったの?」
痛々しそうな顔で彼女がそういうと小夜は感髪入れずに頷く。
「僕だけじゃない、皆が貴女を守ってあげたいって思ってた。でも僕たちの主は貴女じゃない。どうしたらいいのか分からなくて、前の主に相談したんだ」
そうして出てきたのが彼女に誰かが付いていく、と言う意見だったという。
短刀ならば刀に戻して懐に入れておける。彼女の霊力なら短刀の神力を覆い隠すことも出来るだろう。
そう踏んでのことだ。
自分の知らぬ間にそこまで大事にされていたのか、と思うとまたも鼻の奥がツンとなる。
「・・・さ、ここなら小夜君がいるのもバレないし。掃除しちゃおうか」
「うん」
「こんのすけもお手伝いいたしますううううううううう!」
こんのすけってこんなだったっけ?彼女はそう思いながらも離れの掃除をし始める。
太陽が高く上り、そしてゆっくり沈みかけた頃、ようやく大方片付き本日寝る場所は確保が出来た。
「よし、ご飯にしようか」
「僕も手伝う」
小夜と並んで夕食を作り、二人と一匹でテーブルを囲む。
「・・・何人か、手入れ部屋に入ったかな?」
「どうでしょうか?彼らは人に恨みを持っておりますからね」
先に食べ終えたこんのすけが本丸の方を見る。
「見てまいりましょうか?」
「ううん、いい。まだ初日だし。一応1週間は出陣免除されてるから」
「勝ち取りましたからね!」
やっぱりこのこんのすけバグってる気がする。
夕食を食べて順番にお風呂に入る。
テーブルを片づけると布団を敷く。
「さて、寝ようか・・・そしてまさかの布団1枚!」
刀に戻ろうか?と首を傾げる小夜に彼女は首を横に振る。
「まぁこの大きさなら一緒に寝ても狭くないだろうし。小夜君が嫌じゃなければ一緒に寝よう?」
「分かった」
子供の体温は高い。
ぎゅうっと抱きしめて小夜のつむじの辺りに頬を押し付ける。
「貴女は、どうして戦うの?」
「・・・・・・」
彼女が見習いをしていた時にも誰かが聞いていた。
本来ならば審神者が戦うのではなく刀剣男士が戦うのだと。
稀にブラック本丸や、あまりにホワイトすぎる本丸を引き継いだが故に自ら出陣せざるを得なくなった審神者も居るが。
「・・・姉がね、消えちゃったんだ」
ポツリ、自分に言い聞かせるように彼女が言う。
「仲良しだったんだ。姉さんは凄く綺麗で、優しくて、私の趣味にたまーにお小言言うけど自慢の妹だって言ってくれて。
 姉さんがね、歴史修正のせいで居なくなっちゃったんだ。数秒前まで目の前に居たのに、何もなくなって、姉が居た痕跡も何もなくなっちゃって。
 私、その時姉さんとケンカしてたんだ。些細なことで言い合って、「大嫌い」って。本当は、そんな事思ってないのに。大好きなのに」
頭上から聞こえてくる鼻声に小夜は彼女の体に腕を回した。
「わ、私、大嫌いって。お姉ちゃんに、大嫌いって言って、そのまま、消えちゃって、謝りたいのに、もう、居なくて」
やがてそれは泣き声に変わっていく。
小夜はポンポンと彼女の背を叩いてやる。
「僕は消えないよ。前の本丸の皆や主、兄様たちと約束したから。貴女の側にいるから」
「うん、うん・・・」
泣き声は少しずつ小さくなって寝息に変わっていく。
「小夜左文字様」
「・・・うん、分かってる」
彼は小さな体で彼女を抱きしめ、式神は労わるようにそっとその体を寄せた。