前世を思い出した彼氏に振られた女の話


「はい、じゃあそこに座って。国永先輩はそっち。私はここに座って・・・あ、ボイスレコーダーで録音するね。ほら、この後拗れてもいやだし」
ね?と元彼(一応まだ元を付けるには早いんだが今からするのは別れ話なのでもう付けておこうと思う)に向かって笑いかければ元彼は分かったよ、と返してくる。
困ったような表情すらイケメンなのだから腹が立つ。別に顔に惹かれたわけではないんだが今となってはこの顔が爆ぜてしまえばいいと思っている。イケメン爆発しろ。
・・・というと国永先輩にも被害が行くので光忠爆ぜろ。
いわゆるお誕生日席に私と光忠の共通の知り合いの五条国永先輩(ちなみに大学の先輩である)を座らせ、私は笑顔で胡坐。普段なら行儀が悪いよ、女の子らしくしなきゃダメだよと言うであろう光忠は前世の恋人(笑)であるJKちゃんと隣同士で正座している。

「はい、じゃあまずこの場に居る人間の確認します。第三者視点から見てくれる・・・」
「五条国永だ」
「当事者は」
「・・・伊達光忠」
光忠に続いて私、JKちゃん、と名前を名乗る。
「続いて先日のモールでの出来事。アレについて詳しく話してもらおうか?1週間も前の話なのに未だに友達から何があったの?って連絡来るんだよね。私もよく聞いてないし・・・これ以上、お互い友人を無くしたくはないでしょう?」
にっこり笑ってやればJKちゃんが小さく震えた気がした。
光忠の手が動いた気がしたのでテーブルの下から覗き込んでやれば光忠はJKちゃんの手を握っていた。
「何で手を握ってるの?まだ一応私とは別れ話の片、付いてないよね?」
「・・・ごめん」
謝るくらいならしてんじゃねえよ、という暴言を飲み込み。
事実確認を進めていく。
1週間前の日曜日、場所はショッピングモール。
近いうちに同棲を始めるつもりだった私たちは家具や小物類を見るためにそこにやってきていた。
時間はお昼を過ぎた頃だっただろうか。カフェから出た私たちは予定通り次の店に向かおうとして・・・

「主・・・?」

光忠の動きが止まった。
視線の先に居るのは友達同士で来ていたらしい女の子達。
どうしたの?と声をかけるより先に光忠は走り出してその内の一人を抱きしめた。
女の子は最初はびっくりしたようだったけれども光忠の顔を見て嬉しそうな顔になって・・・そして泣き出した。
完全に二人の世界になってしまって、声をかけたけれども無視されて。
キレたので丁度同じように買い物に来ていた友人と一緒に帰った。

・・・と、いうのが今回のあらましである。ちなみに一緒に帰った友人がガチギレして共通の友人に広めて
「で、光忠と――さんはどういうお知り合いで?」
まずこういった場では自分が優位に立たなければならない。余裕の笑みを崩さないまま二人に尋ねる。

「わ、私と光忠は、前世で恋人同士だったんです」

JKちゃんはそう言うとその前世とやらを話してくれる。
刀剣男士という刀の付喪神と、彼らを呼び出し使役する審神者。
JKちゃんは前世で審神者をやっていて、光忠はその刀剣男士だったそうだ。主従の壁を乗り越えて結ばれた二人は恋人として、そして主従として暮らしていた・・・がJKちゃんと光忠は敵襲にあって死んでしまったそうだ。
わーい、何だそれ面白い。
あんまりにも頭が痛い話に軽く頭を揉むと国永先輩が**、大丈夫か?と声をかけてくれる。
「ええ、大丈夫ですよ先輩。あんまりにも吹っ飛んだ話し過ぎて理解が追いつかないだけなので」
その後は家庭板なんかでよく見る修羅場のような話になってしまった。
彼は悪くない、彼女は悪くない。
自分でも恐ろしいくらいに心が冷えていくのが分かる。
目の前の二人にその気があるのかないのかはしらないけれど、二人そろって私を悪者に仕立て上げていく。
「おい、光忠。落ち着け」
とうとう傍観者でいるはずの国永先輩からストップがかかるほどに。
「あ、ごめん・・・でもね、**、僕は」
「鍵返して」
手のひらをずいっと差し出す。
「え・・・?」
「いや、私の家の合鍵。返してくれる?貴方に持っててもらう意味がもうないから」
自分でも冷たいと分かる程に冷え切った声でそう言えば、彼の顔色が悪くなる。
「ま、って。それは」
「貴方たちがいう前世がどうとか、生まれ変わってもだとかそんな浮気の理由になりもしない夢物語はこの際脇に置いておく。もう別れるっていう形で話は進んでるんだし、これ以上話してると頭が痛くなる。このまますっぱり別れよう。その方がお互いの為」
光忠は震える手で財布からこの家の合鍵を取り出すと私の手のひらに乗せる。
それをさっさとポケットにしまって、私はテーブルに肘を付く。
「もう――さんに話はいいや。ねえ、光忠」
先ほどの冷たい声はどこへやら、一転して甘い声で名前を呼ぶ。
「何?どうしたの、**」
彼が浮かべた笑みに安堵が混じっているのに心の中で罵倒する。



「前世の恋人がいたなら、どうして私に告白なんてしてきたの?」



甘ったるい声で囁くようにそう聞いてやる。
5年間だ。私と光忠の5年間はクソッタレな前世とやらで粉々になった。
これくらいの意趣返し、させてくれたっていいでしょう?


***

彼から見たその恋人たちは順調に結婚への道を歩いているように見えた。
それがこれだ。
話し合いが終わり叩きだされたアパートの部屋の前で呆然とする伊達男。
それを心配そうに見つめる少女。
何処から狂っていたのかと問えば、前世の記憶なんかを持って生まれてきてしまった事だろうか。
「あー、光忠も――さんも俺が送って行ってやるから帰れ。これ以上ここに居たら**に警察呼ばれるぞ」
そして、彼の知る**という女はそういう女だった。
自分の懐の中に居る相手には非常に甘いが、一歩でも懐から出ればどんな手を使うことも厭わない。
だからこその今日の話し合いだ。
いいや、話し合いなんかじゃない、一方的な**の糾弾だ。
二人を自分の車の後部座席に押し込める。
光忠さん、光忠さん。少女は伊達男の名前を呼び続ける。
「なあ、イチャつくなら降りてくれないか?」
赤信号に減速しながら後部座席の少女に苛ついた声色で彼が言う。
「あ・・・ごめんなさい・・・」
「先輩、そんなに強く言わなくても」

彼は内心ため息を吐く。

「あの、貴方鶴丸だよね?光忠以外にも転生してたなんて知らなかった」
「黙ってくれないか?」
苛立たしげに吐き捨てると発進した車はやがて駅前に停車する。
「つ、鶴丸・・・?」

「何故俺が【アンタの】鶴丸だと思ったんだ?」

二人とも出て行ってくれ。
氷のように冷たい声でそう言って、彼は金色の目を細めた。


***

「前世の恋人がいたなら、どうして私に告白なんてしてきたの?」

彼女の声が頭に残ったままだ。
会えると思っていなかったんだ、僕と同じように転生しているなんて思わなかった。
君の事は本当に好きなんだ。
そこまで考えて、僕の耳元で彼女が「本当に?」と尋ねた、気がした。
呼吸が辛くて、息の仕方を忘れてしまったかのように口を開けたり閉じたりを繰り返す。
光忠、と隣から主の声がする。
僕が、愛しているのは。

家にたどり着いてからスマホの画面にLineの通知が入る。
それは大学からお世話になっていた国永先輩からだった。
一目見た時に彼も僕と同じ刀剣男士だというのが分かった。
鶴丸国永。僕が伊達家から居なくなった後に伊達家に迎えられた太刀だ。
倶利伽羅君も転生していたし、**という彼女も出来てとても嬉しかった。

過去形だ。

画面に表示された文章を見てそう思う。
国永先輩は僕の本丸の鶴丸国永ではなかった。あの口ぶりだと彼は彼の主に会っているようだ。
『申し訳ないが、もう君には付き合えない。連絡しないでくれ』
彼にしては冷たさの見える淡々とした文章に怒りが込められているような気がして寒気を覚える。
彼は飄々としているように見えて、とても真面目で恐ろしい。
そんな彼がそこまで怒るなんて。
考えてハッとする。

「そうか、そうだったのか・・・」

僕がしたことは、彼に呪い殺されても仕方のない事だった。
けれど僕が彼らに謝罪をすることはもう許されない。
僕に出来ることは・・・二度と、彼らの前に姿を現さない事だけだ。


***

風呂上り、スマホが震えているのに気付いて着信に出る。
「もしもし?」
『よっ。俺みたいなのが突然電話して驚いたか?』
「はいはい、驚きましたよ」
雑に髪の毛を拭きながら国永先輩に返す。
『これから一杯どうだ?』
「お誘いはありがたいんですがこれから女子会と言う名の飲み会なんでまた今度でいいですか?」
電話口の向こうから吊るし上げか・・・という震えた声が聞こえてきた。
この人は昔からそうだ。おちゃらけたキャラかと思えばその実真面目で冷静。
多分このタイミングで電話してきたという事は・・・

「光忠の事切ったんですか?」

『君は本当に聡いな』

苦笑と共に返事が返ってくる。
「先輩とは何年の付き合いだと思ってるんですか」
『そうだなぁ、ざっと50年近くか・・・なあ、主?』
「その呼び方やめろ、張り倒すぞ鶴丸」
『俺と付き合わないか?退屈はさせ・・・いや、君とは友達でいた方が楽しいな』
「それは同感」
また今度、と言って電話を切る。


本当に、前世なんてクソッタレだ。