眠る娘は本丸維持装置 その後


演練会場。
その男は自分の部隊の演練試合を見ながらため息を吐いていた。
男が審神者になって半年。徐々に軌道に乗り始めているとは言え、万全とは言えなかった。
男は元々警察官を志望し、そのために幼いころから剣道を続けて来ていた。
しかし審神者としての適性があったためその夢は諦めざるを得なくなり、泣く泣く警察学校という進路希望表を破り捨てた。
だが、男は生来真面目で、とても心根の優しい人間だった。
審神者と言う仕事も歴史を守るという意味では警察官のようなものだ。
最初は恨みもあったものの、男はそういう風に考えられるようになっていた。
けれど理想と現実は違う。
男は悩んでいた。
自分の采配で部下とも言える刀剣達の命が消えてしまうのかもしれないという恐怖。
男は生真面目で、心根の優しい人間で・・・そうであるが故にとても自罰的な人間だった。
一日一日を必死に生きて、明日の事を考えれば眠れない。
そんな日々が続いていた。

「眠れないの?」

「・・・え」

そんな男にかかる声があった。
いつのまにやら男の隣には娘が居た。
足に怪我を負っているのだろうか、娘は車いすに座っている。
「とても思いつめた顔をしてる」
「あ、まあ、そんなところ」
年のころはおそらく同年代だろう。
そういえば演練に来ても審神者と会話すらしていなかったな、と男は思う。
「自分がふがいなくてさ、歌仙や愛染たちはあんなに頑張っているのに、俺は全然ダメなんだ」
本丸の運営だけではない、資材の事や政府への提出書類。
審神者の仕事と言うのは思っている以上にハードなものだった。
優しさだけでは乗り切れない。男はそれを痛いほどに感じていた。
「それを、相談した?」
「え?」
「貴方は一人で悩んでいるけれど、それを初期刀に相談したの?彼らは長生きしているからきっと良いアイディアを出してくれるはず」
娘の言葉に、男はハッとする。
「私もそうだった。どうしようもないことがたくさんあったけど、みんなが支えてくれた。自分の悪いところをきちんと見ることが出来るなら、きっと貴方は大丈夫」
娘はそう言葉を続けると怠そうな顔で微笑む。
そうしてゆっくりと腕を伸ばすと男の頭を撫でた。
「大丈夫、今日からは眠れるよ」
その手の温かさに、男はふと母親を思い出す。
「あ、の、話聞いてくれてありがとう」
同年代の娘に母性を感じるなんて、と気恥ずかしさで男は苦笑を浮かべる。

「あ!主居た!勝手に移動しちゃダメだよ!」

突如響いた声に男は声の方向を見る。
「清光」
「もう、突然居なくなるからびっくりしたんだからね!危ないから勝手に移動したらダメっていつも言ってるじゃん」
頬を膨らませる清光に、娘はごめんねと口元で微笑む。
「あ、アンタの部隊勝ったみたいだよ」
「え・・・あ、本当だ」
嬉しそうに微笑みながらこちらに向かってくる自分の刀に男は駆け寄る。
「本当にありがとう!何とかやってみるよ!」
男は振り返り娘にそう言う。娘はその言葉に頑張ってね、と微笑みながら返した。
「・・・で、アイツ誰?」
「知らない人です。眠れてなさそうだったから声をかけてみただけですよ」
娘の言葉に清光はため息を吐く。
「主が前向きになってくれたのは嬉しいけどさー、急に居なくなるのは止めてよね」
「ええ、どこにも行きませんよ。私が死ぬのは貴方が殺してくれる時だけですから」
酷く甘く、そして酷く残酷な言葉だ。
「こっちのも勝ってた」
「そうですか」
部隊を迎えに行けば彼らは微妙そうな顔を娘に向ける。
「帰りましょうか、刀剣男士様方」

娘は今日も、彼らを呼ばない。


本丸へ帰ると娘と清光はすぐに離れに入ってしまう。
一言も彼らへ声をかけることはない。
「同じ「三日月宗近」だと言うのに、何故見てくれぬのだ」
ポツリと、瞳に三日月を宿した刀が呟く。
いつだっただろうか、主になって欲しいと娘に頼むため離れに向かった時の事だ。

わざとだったのだろう。

同位体とも言えるもう一人の三日月宗近が娘の頭を膝に乗せて眠らせてやっているのを見た。
彼はふ、と美しく微笑む。
「この娘は、貴様らの主にはならぬよ。貴様らには主が居るであろう?」
しかし前の主はもうこの世にはいない。
前任が彼らに残していった言葉を思い出しても、もう何もかもが遅いのだ。
彼らは娘を邪険に扱いすぎた。

『次に来る審神者の子を助けてあげてね』

思い出した所で、娘の心に彼らの言葉は届かない。
それどころか娘は清光と契りを結ぶことで人の身を捨て始めていた。
娘の刀剣が住まう場所は政府が用意した疑似神域ではなく、娘という神が支配する神域へと変化し、刀剣たちは本霊との縁を切り娘の眷属となり始める。
どれだけ主を求めても、娘は彼らを「そこにあるモノ」としか認識をしない。
彼らが娘にしたことが今、自分たちの身に返ってきただけだ。理解はしても、心がついていかない。
離れに居ても娘はこちらの本丸への霊力供給を怠った事は一日たりともなかった。それは契約書による約束があるからだろう。
きっちりと、娘は「約束」を違えることはしなかった。

きっとこれは、前任との約束を破った罰なのだろう。
三日月を宿した刀は仲間達に声をかけ、母屋へと戻って行った。


「いつまで起きていられるんでしょうかね」
風に舞い上げられた桜の花びらを見ながら娘が呟く。
その隣には初期刀で、恋人の清光が座っている。
「分からない。もしかしたら明日目覚めなくなるかもしれないし、1年後かもしれない、10年後かもしれない、100年経ってもまだ起きていられるかもしれない。でもいつか必ず主が目覚めなくなる日が来るんだ」
少しだけ震えた声で清光が言う。
娘が目覚めなくなるのは、死ではない・・・いいや、もう人としては死を迎えてしまっているのかもしれない。
清光の眷属となり体を作りかえた娘は、今や人とも神とも言えない存在になっていた。
その反動は眠りとして娘を蝕む。いつの日か娘は生きながらにして永遠に眠りにつく事になる。
「それでも、俺は主を愛してるよ」
「ありがとう、清光。貴方が私の初期刀で・・・そして、恋人で本当によかった」
清光に寄りかかって娘は呟くようにそう言う。
小さな寝息が聞こえてきて清光は娘を抱きしめた。

この場所は、眠りの神の支配する神聖な場所である。