私はその男が嫌いである
審神者。
今じゃ知らない者は居ないであろう職業。
物に宿る想いを目覚めさせる能力を持った人たちが歴史を変えようとする「歴史修正主義者」と戦いを繰り広げている。
今じゃその存在は公になっているし、命の危険がある分高給取りだし公務員扱いだし。
憧れの職業No1だ。
しかしはっきり言わせてもらおう私は審神者が大嫌いだ。
なりたくなんてなかった。でも私の身の上ではならざるを得なくなり、現世での居場所を失った私は本丸へやってきた。
初期刀に蜂須賀虎徹を選び、彼と共に切磋琢磨し本丸を広げていった。
大嫌いだからこそ、「あんな風」にはなりたくなかった。
審神者というのは本来は男性職なのだが昨今の人材不足、老若男女・・・どころか下手すると人間以外の生物まで審神者をやっている始末だ(審神者仲間から聞いたことがあるのはガチもんの神様がブラック本丸引き継いで自ら戦場に出てるだとかなんだとか)。
神と言うのは清らかな者を好む。・・・まぁつまり処女ってことだ。多分童貞も含まれてる。
だから刀剣男士と恋愛関係になる審神者も結構いるらしい。男女問わず。
にゃんにゃんもするってよ。合意の上なら問題ないよね。
はい、ここで一つ問いかけましょう。
男と女がにゃんにゃんした結果はどうなりますか?
はい、正解。子供ができます。
半神半人の子供は、現世じゃ化け物扱い、政府じゃいい審神者の元扱い、刀剣男士からは餌扱い。
噂じゃ女審神者と刀剣男士の間に生まれた子供を集めて審神者に育成するための養成所みたいなのもあるらしいよ。
・・・そう、私の母は審神者で、父は刀剣男士。
生まれてすぐに捨てられ、祖母に育てられた。
祖母は私にきつく当たり、金色の右目を見るたびに泣いていた。
母と同じ名を付けられた私は、「祖母の子育て」を繰り返させられるための人形に過ぎなかったのだ。
別にそれでもいい。祖母が母を恋しがっているのも知っているし、母を奪った刀剣男士を憎んでいるのも知っていたから。
そして、憎い刀剣男士の血を引いている私を嫌っていることも。
ずっとそれを隠して生きてきた。
刀剣男士は付喪神とは言え神の末席。約束を違えることは許されない。
私は人と約束をすることなく生きてきた。曖昧な言葉って便利。
17年。私の努力の甲斐空しく政府に見つかって審神者になった。
仲が良かったはずの友達は私が化け物だと知るとすぐに離れていった。ああ、悲しいね。
私は主で彼らは従僕。
主従関係ははっきりさせるべきだと顕現させたときに言った。
「貴方たちに無体を働く気はないが、私にとって貴方たちは所有物に過ぎない。あくまで主従関係だ」
彼らは元々物である。それらに承諾を得て、私は本丸を運営していた。
私の演練コードは「白詰」。シロツメクサからもじったものだ。
そんなある日の演練の事だった。最悪の事態が起きた。
「主?どうしたんだい?」
怪訝そうな蜂須賀虎徹の声になんでもない、と返して彼の服の袖を引っ張って踵を返す。
「待って!」
背中に投げかけられた声を無視して歩く。
・・・が、人の夢と書いて儚い。あっけなく声の主に捕まった。
「君・・・ああ、やっぱりそうだ」
黒い髪に眼帯、全体的に黒いその男の瞳は金色。
隣の蜂須賀虎徹の顔が「まさか」と言う感じになった。ああ、そうですよ、そのまさかですよ。
「ずっと僕も彼女も君に会いたかったんだ。まさか・・・君まで審神者になってるなんて」
「私は会いたくなかったですけどね」
感動の再会にでもなると思ってんのかpgr
喰い気味に言った言葉に眼帯男・・・燭台切光忠がピシリと固まった。
彼を追ってきた女審神者・・・ああ、この人が私の母親か。初めて見たけど。
彼女も私の顔を見て目を見開く。
どうして貴女まで審神者に、とか呟いてるけどアンタらは私たちみたいな半神半人がどんな思いで生きてると思ってるんだ。
「燭台切光忠。何を思ってずっと会いたかったなんて言うの?私と貴方たちは初対面だし。それとも何?17年間ほったらかしにしてうっふんあっはんした挙句に父親面したいわけ?アンタらが私を捨てた、いや、産んだせいで私やお祖母ちゃんがどれだけ苦労したか知ってる?私みたいな合いの子がどんな思いして毎日暮らしてるか知ってる?ほかの人からは化け物扱いされて、政府にはいい審神者の元扱いされて。17年間どんな思いでそのことを隠してきたと思ってるの?会いたかった?言葉だけじゃなんとでも言えるよね。捨てた子供にうっかり会っちゃったからとりあえず適当に声かけとけとでも思ったんでしょ?」
両親(認めたくはない)共に私の言葉に固まる。
「違う・・・違うのよ。私たちもずっと貴女に会いに行きたかった。でも政府が許してくれなくて」
「ふーん。じゃあ私の名前知ってる?私の性格は?趣味は?政府が許してくれなかった?何回政府に頼み込んだの?」
我ながら性格悪いなぁと思いながら言葉を紡ぐ。
「じゃあ教えてあげるよ”お母さん”。私の名前はね」
母の耳元に口を寄せて名を告げると、彼女は顔を真っ青にして震え始めた。
母は本来なら40近いはずなのに、見た目は20代半ばくらいのままだ。それもこれもあの男のせいだ。
「名前聞いて分かったでしょ?アンタの母親がどんな気持ちで私に接してたか。子育て失敗しちゃったから私で代用してたみたいだよ」
どいつもこいつも本当に嫌になる。自分の事しか考えてない。
「今日の演練は終わった。帰るよ、蜂須賀虎徹」
「あ、ああ・・・」
固まったままの二人に背を向けて私は部隊の面々を迎えに言ってそのまま本丸へ帰る。
「今日も演練お疲れ様。明日は新しい地域、本能寺へ向かう。今日はゆっくり休んでちょうだい」
そう言い終えれば張りつめていた空気が緩む。
例えば部活の練習終わりとか。あのときの空気に似ている。
懐かしさと、ほんの少しの寂しさを感じながらお疲れ様と言って広間を出ていく。
刀剣達もお疲れ様、と返してくれる。主従、あくまで主従だ。私は人で、彼らは物。
ああ、そういえば鍛刀していた刀が出来上がるころかな。
鍛刀部屋に入ると鍛冶妖精さんが出来上がった刀を渡してくれる。
ピシリ、と体が固まった。
燭台切光忠。
今日の演練を思い出して吐き気がしてくる。
「審神者様」
いつのまにやらやってきたこんのすけが私を慰めるように足に頭を擦り付けてくれる。
「刀解する」
まぁ、いつものことだ。この本丸に来た燭台切光忠は全て刀解される。
顕現させたくない、触りたくもない。
私の人生を、祖母の人生を、すべてを狂わせたあの男。
刀解してしまえば残るのはほんの少しの資材だけ。
ほっと一息ついた所で、部屋の扉が音を立てた。
血がさぁっと引いていく。ゆっくりと振り返れば、そこには蜂須賀虎徹と大倶利伽羅が立っていた。
「主」
蜂須賀虎徹はどちらかと言うと困惑しているようだ。
「どういうつもりだ」
大倶利伽羅は・・・多分怒っている。
彼らは伊達に居たことがあるので仲が良い、とさにちゃんで書かれていたのを見たからだ。
「説明は後でする。夕餉の後、執務室に来て」
ばれてしまったものは仕方ない、と夕食の後二人を執務室に招きこれまでの事を説明する。
両親が演練の時に出会った女審神者とその燭台切光忠だという事。
生まれてから17年間祖母に、子育てのやり直しとして育てられた事。
現世における半神半人の認識は酷く、化け物だと罵られるという事。
「大倶利伽羅には申し訳ないけれど、この本丸で燭台切光忠を顕現させることは出来ない。・・・私は最初、君たちに言ったはずだ。私と君たちは主従関係。私は人で君たちは物。・・・けれど、あの男が来たら私が抑えられなくなる。祖母の人生を狂わせたあの男を許せないから・・・違う「燭台切光忠」だと分かっていても、多分、普通に接することが出来ないと思う」
ごめんね、と頭を下げる。
「やっぱり君は・・・そうだったんだね」
知っていたの?と蜂須賀虎徹に聞けば、なんとなくは、と返ってくる。
「大倶利伽羅。君が燭台切光忠と友人だという事は知っている。だからこそ、きちんと話をしよう。この本丸に居る限り、君の友人に会うことは叶わない。それを厭うのなら他の本丸への移動を政府に打診する」
大倶利伽羅の瞳もあの男と同じ金色だ。私の右目には黒いコンタクトレンズを入れている。
それは真っ黒なカバーなもので、普段は左目だけで生活しているが、慣れてしまえばどうということもない。
私はその色が嫌いだった。
蜂須賀虎徹を呼び出したときに倒れるんじゃないかってくらいに。しかしまぁ彼は自らを虎徹の真作だと名乗りその名に恥じない働きをし続けてくれた。
私が告げた主従関係も理解してくれている。
少しだけその色が嫌いじゃなくなった。
でもやっぱり嫌いだ。
「・・・・・・」
大倶利伽羅は何も言わなかったが一つため息を吐いて部屋を出ていく。
「・・・君は、両親を恨んでいるのか?」
「多分、ね」
文机の上のペンを指先でいじりながらそう返す。
「祖母がさ、ずっと泣いてるのよ。あの子がいない、あの子がいない。神様があの子を奪っていったって。私の目を見て憎々しげな顔もしてた。辛かったけど、娘を勝手に奪われた祖母の方がつらかったでしょ。・・・しかも自分勝手に作った子供を置き去りにしてんだから」
蜂須賀虎徹は何も言わない。
「嫌なこと聞かせてごめんね。・・・申し訳ないけれど、あの男だけは許せない。だけど貴方たちの事は信頼している。それだけは信じてほしい」
「ああ、それは分かっているよ」
失礼する、と蜂須賀虎徹は部屋を出て行った。
それから数日は特に何の問題もなく出陣をこなして過ごしていた。
私の本丸の担当さんも半神半人の為か私の境遇には共感できるところがあるらしく、演練での出来事には憤慨していた。
結局の所、彼らは「カミサマ」で、人の都合なんて何も考えやしない。
あの女もあの女だ。母の気持ちも考えずに神様に嫁いで挙句に子供だけはポイ捨て。
担当さんは、まだ多少は両親に育ててもらっていたらしいが途中で政府に投げられたんだとか。
人間の世界も神様の世界もネグレクトって嫌になるね。
それから更に数日。
担当さんが困惑顔で連絡を入れてきた。
『白詰さん。怒らないで聞いてくださいよ。・・・栃ノ木さんが貴方の本丸に行きたいとこちらにコールしてましてですね』
・・・栃ノ木。トチノキ。マロニエという植物の和名だ。花言葉は「博愛」だったか。
「断ってください」
『言うと思ったのでもう5回は断ってます!それでもコールが入るんですよ!』
担当さんが泣きそうだ。ああ、まったく。子供は親を選べないんだぞ、ふざけんじゃねー。
とはいえこの担当さんは今の私にとっては数少ない親しい友人みたいなものだ。後でこんのすけに頼んで胃薬送ってあげよう。
「あー、じゃあ明後日の昼間なら良いって言っといてください」
『・・・大丈夫ですか?』
「その日は遠征と出陣重ねてるんでほぼ出払ってるから問題ないです」
ほっとしたような顔と、心配そうな顔。どっちも表情に表せるって器用だよなぁ。
今度薬研印の胃薬送るよ、と言ったら嬉しそうな顔してた。男の癖に可愛い奴だ。
そして、その日がやってきた。遠征と出陣でほとんどの刀剣が出払っており、残っているのは近侍の蜂須賀虎徹と後数人。
ゲート前で蜂須賀虎徹と共に待機しているとゲートが開き燭台切光忠と女がやってくる。
「主と母君は、似ているね」
「すっごい不服」
吐き捨てるように言ってから二人の所へ向かう。
「こんにちは、ようこそ私の本丸へ。本日は刀剣男士たちは出払ってしまっておりますがおくつろぎください」
棘のある口調で言い、くるりと振りかえる。
客室で机を挟んで向い合せになる。
憎々しいほどに似ていて、出来るなら過去に戻ってこいつらの出産を止めたい。
歴史修正主義者になってもいいかなってくらいには憎い。
「それで、私の担当を困らせるほどコールをしてまで何の御用でしょうか」
私の友人の胃に穴が開いたら訴えてやるからな。
「貴女にあって、謝りたくて・・・」
女の言葉に私は「必要ありません」とぴしゃりと言い放つ。
「審神者になって20年ほどでしたっけ?一度も帰省の申請出してないそうじゃないですか。貴女にとって母親なんて簡単に切り捨てられるものだったんでしょう。娘の事すらポイ捨てして17年一度も顔を見せなかった。つまりは貴女方にとって私と祖母はその程度の認識なんでしょう」
「違う!それは違う!!私も光忠さんもずっと貴女に会いたかった!名前だって考えていた!それなのに政府が・・・」
「お願いだ。落ち着いて僕らの話を聞いてほしい」
私が机の下で拳を握ったのが分かったのだろう。隣に居た蜂須賀虎徹がスッと手を伸ばし肩を叩く。
・・・・・・後でちょっとお高めのシャンプーとリンスのセットをプレゼントしておこう。
本丸という閉鎖的な空間にいれば、恋愛感情を持つこともある。
それはもちろんいろんな形があるし、彼らの時代は衆道というものもあったので男性同士でというのもある。
恋人になった関係で行きつく先は性行為。
政府は最初審神者と刀剣男士の間に生まれた子供を秘密裏に処理していたそうだ。胸糞悪い。
それがあるとき気が付いたそうだ。霊力のある人間と付喪神の間の子供なら、能力の高い審神者になれるだろうと。
何と言う長期計画。
政府は妊娠の傾向がある審神者を見つけたら出産後に子供を奪い取り審神者にするための育成をする、と。
胸糞悪いことこの上ないな。
「じゃあなんで子どもなんか作ったのよ」
そんなの、当事者の私にしたらたまったもんじゃない。
最初から子供の人権が無いに等しいのに何やってんのこいつら。
頭痛がしてきてこめかみを揉む。
「僕たちは君を守るつもりだった、でも政府が」
「あ、そう」
話すだけ無駄だ。
「蜂須賀虎徹。客人がお帰りよ」
こめかみを揉んだまま、蜂須賀虎徹に言えば分かったという声がした。
可哀想に。現実を見れず、閉鎖空間の中で自分たちは正しいと思い込んでしまったんだろう。
悲劇のヒーローヒロインは大概にしてほしい。
子供は親を選べないんだから。
望みもしないくせに、守るだけの力もないくせに。
それでも一応客は客。ゲート前まで見送らなければいけない。
彼らはちらちらと私を見る。
あーあー、それで私が陥落するとでも?いつまでも悲劇に酔ってろってんだ。
「光忠」
そんな時だった。数少ない残り組の一人だった大倶利伽羅がやってきた。
しまった。こいつこそ遠征に出しておくべきだった。
内心舌打ちしながら大倶利伽羅の動向を見守る。
「は?」
鈍い音がした・・・と思ったら燭台切光忠が蹲っていた。
いい右フックだったよ。大倶利伽羅、君今からボクサーにでもならない?
「大倶利伽羅。客人に何をしているのですか」
現実逃避はそれまでにしておいて、大倶利伽羅を制する。・・・が止まらない。
「勝手な言いぐさで人の主を巻き込むな。我儘を言いたいならそっちで勝手にやってろ」
わーお。
思わず拍手をしてしまう。っていうかアンタ私の事主だって認めてたんだね、そこに驚きだよ。
殴られた燭台切光忠は目を見開いて大倶利伽羅を見ている。
「アンタらの勝手に振り回される身にもなれ」
それな。
更に拍手。
「うちの大倶利伽羅が大変申し訳ありませんでしたお帰り下さい」
こんのすけと共に呆然とした二人をゲートに押し込む。
ああ、空が青くて素晴らしい。
しかし問い詰めなければならないこともある。
「大倶利伽羅、アレはちょっといただけないかな」
「ああ、さすがにアレはまずいな」
黄金の右フック。いや、綺麗に入ってたんだけどね。
ちょっとスカッとしたけどね。
「アンタがうだうだやってるのが悪い」
「あー、そりゃどうもありがとーございました」
うん、反抗期の息子とか言われてるけど基本的には良い子なんだよね・・・。
そこまで考えて頭を軽く振る。
ダメだダメだ。私は主人で彼らは従僕。私は審神者で彼らは付喪神。
「とりあえず二人とも・・・特に蜂須賀虎徹。お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」
「大倶利伽羅様!それは審神者様への文です!」
こんのすけがどんなに暴れようとその小さな体で刀剣男士に敵うはずがない。
封を乱雑に破けば、中身はあの娘の両親からだ。
何度読んでも中身の変わらない手紙を、男はぐしゃりと握りつぶす。
可哀想な娘。
人と物だと線引きしようとしてできない哀れな娘。
娘の中の刀剣男士の血がそうさせるのか、娘は知らぬうちに彼らに親しくしている。
本人がどう思おうと、娘は彼らに無体を働くことはない。
否、出来ないのだ。
男は今日も手紙を握りつぶす。
あの時殴ってしまったのは早計だったか。
男に殴られて、娘の両親は我に返ったようだった。
これでいいのだ、と男は握りつぶした手紙を屑箱に捨てる。
それを見ていた育ちのよさそうな顔をした青年はくちびるに薄い笑みを浮かべていた。
可哀想な娘。
最初から知られていたというのに。