ホワイト本丸と戦闘系審神者 後編


「やっぱり主って呼んじゃダメなの?」

戦闘が一息ついたところで乱に言われた言葉に審神者は首を横に振った。
「えー。でも審神者様って呼ぶのもやだよー」
「・・・・・・じゃあ、ロク」
「六?」
審神者の口から吐き出された数字に第一部隊の面々は首を傾げた。
「ボスに拾われたのが六番目だったから、ロク。本名は教えたらダメって言われてるけど、忘れちゃってるから教えられない」
へらっと審神者が口元に笑みを浮かべる。
胸の辺りがぎゅっと痛む感覚に、乱は服を握りしめた。
彼らは名を呼んでもらっていた。
前任の審神者は低くも優しい声で彼らを呼んでくれていたのだ。
しかし新しい審神者は本名もなく、与えられたのは番号。
「わかった!」
それならその番号すら愛しいと思ってもらえるようにしよう。
前任が教えてくれた嬉しさを彼女にも知ってもらいたい。

「乱君!」

彼が続けて口を開くよりも先に燭台切の声が上がった。
まずい、と彼は慌てて本体である刀を構える。
どんっと体に衝撃が走る。
地面に転がるより先に燭台切が乱を抱え、そして掠れた声をあげた。
「あ・・・」
審神者の、ロクと名乗った女の脇腹を裂くようにして突き出された槍。
更に飛んできた矢をナイフで弾き飛ばすが2本ほど右腕に突き刺さる。
審神者は痛みに顔をしかめたが裂傷を気にすることもなくショットガンで敵槍の頭を撃ち抜く。
そのまま残った胴体を蹴り飛ばすと轟音を響かせて忍び寄っていた敵を全て銃で屠る。
「終わった。・・・乱は、大丈夫?」
「ロクが・・・僕よりロクの方が・・・!」
「これくらい、平気」
そんなことを言われても強がりにしか見えない。
彼女の顔には脂汗が浮かんでおり、血もとめどなく溢れている。
「総員撤退!同田貫君、肩を貸してあげて!」
彼女は人間だ。
折れさえしなければ手入れで怪我が治る彼らとは違う。
同田貫は首巻を取ると彼女の腹を縛る。
薄汚れているがこのまま流血を放っておくよりはマシだろう。
傷口が悪化しないよう注意を払いながら本丸に帰る。
こんのすけにより現代から医療班が呼ばれ、彼女は手術の為緊急搬送されていった。
「鶴丸さん、大丈夫?」
顔色悪いよ、と声をかける燭台切の顔も青い。思わず君もだろ、と返してしまう。
「何があったんだ?」
「戦闘が一息ついたところでの奇襲。彼女が・・・ロクが乱君を庇ったんだ」
それで彼女だけがあんなにも重傷だったのか。
今は向こうで治療を受けているはずだ。それなのに心臓がざわざわする。
人は死ぬと魂が巡ってまた次の命へと生まれ変わる。
ああ、嫌だ。そう思う。
「・・・ロク、と言うのが彼女の名なのか?」
何かを話していないと考えが堂々巡りしそうだ。鶴丸は隣に座った燭台切に声をかける。
「ん?そういう訳じゃないみたい。師匠が拾ったのが六番目だからロクって呼んでくれって」
「ああ、彼女らしいな」
彼女は何か一つに執着することを見せない。
見た目もある程度は気にしても、動きづらい格好は好まないし、化粧なども派手な物は好きでないようだ。
名も、おそらくただの識別するための物程度の認識に違いない。

それから半日して、こんのすけが慌てた様子で帰ってきたかと思うと「手術が終わりました!今は眠っておりますが命に別状はありません!」と報告をする。
安堵から泣き出す乱を粟田口の面々が慰める。
「よか、よかったぁ。僕のせいでロクが死んじゃったらって、思ったらぁ」
更に2週間経って、審神者は本丸へ帰ってきた。
「皆、すまなかった」
帰宅早々頭を下げる審神者に乱が大泣きしながら抱き着く。
「・・・ありがとう、大丈夫だよ。大した怪我じゃないから」
「大した怪我じゃない!?アレのどこが!!」
乱は泣きはらした目でそう言うが審神者は曖昧に笑って流す。
「明日からは私も戦線に復帰する」
から、と言うより先にこんのすけの雷が落ちた。
「何を仰っているんですか審神者様!そもそも後2週間は入院だというのを無理に切り上げてこちらに帰ってきたんですよ!?医者にも言われたでしょう!本来なら絶対安静なのだと!出陣するなどもってのほかです!あまり無茶を言われると病院に送り返しますよ!!」

しーん、と静寂が場を支配した。

41口と1人1匹。
これだけそろってよくもまぁ静寂に包まれるものだ。審神者は現実逃避をした。
いや、している場合ではない。
大丈夫、と言うより先に短刀達の号泣が響いた。
「わ、わた、私は!こ、こういうときどうすれば・・・!」
自分より幼い少年達が泣く姿に審神者がおろおろとし始める。
それを見て笑っていた鶴丸がひょいっと審神者を横抱きにする。
「っ!?!?」
突然来た浮遊感に審神者がぎょっと目を丸くする。
「審神者殿は病み上がりなんだ。部屋まで送ろう」
「鶴丸・・・こういう驚きはいらないんだが・・・」
流石立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は高田○次(200年ほど前のタレントだ)と言われるだけあって、黙っていれば美しい。
「あ、じゃあ僕はお粥を用意してくるよ」
燭台切が厨に向かい、短刀達は一期が宥めて部屋に連れて行く。
乱が後でお見舞いに行くから!と叫ぶと他の子たちも次々行きますからね!と叫ぶ。
久しぶりに戻ってきた私室。鶴丸は審神者を座布団の上にゆっくりと降ろす。

「さて、そいつがどういうことか教えてもらおうか?」

鶴丸の金色の瞳が、審神者の右腕を射抜く。
「何の話だ?」
口元に笑みを浮かべた審神者が言葉を返す。
「右腕、うまく動かせないんだろ?」
「なんで」
気付いたの、と審神者の顔から表情が抜け落ちる。
「何でってそりゃあ、俺たちと君はそれなりに付き合いが長くなったと思っていたんだがな」
鶴丸のその言葉に審神者が息を呑む。
「リハビリすれば、そのうちよくなるって言われた。でも、腕が治るまでは、私は駒で居られない」
審神者の声が震える。
「わたし、私は!これ以外の生き方を知らないんだよ!使えない武器に何の意味がある!?使えなくなった武器は捨てられるんだ。私、どうしたら・・・」
すぅっと鶴丸は手を伸ばし、審神者の頭を自分の胸に押し付ける。
「戦う以外の生き方を知らないのなら、今から知ればいいじゃないか」
そして幼子をあやすように彼女の背を摩る。
やがて、彼女が笑い出す。
「ぷっ・・・ふふっ・・・あはははははっ・・・そっか、そう、なんだよね。探す、か。何でそんな簡単なことが分からなかったんだろう」
そう言いながら審神者は鶴丸の肩に自分の額をぐりぐりと押し付ける。

「やっぱり鶴丸の方がよっぽど人間らしいや」

どこかすっきりした口ぶりで、審神者はそう呟いた。


その後刀剣達を集めて右腕の事を話せば乱を中心に短刀達が審神者に半泣きで抱き着いたり、燭台切が「僕が守れなかったから・・・!」と崩れ落ちたりそれを審神者が慌てて宥めたりと混乱は起きたものの彼女の「私はこのままここで審神者を続けたい」という言葉で収束した。
それから季節はいくつか過ぎて、決して穏やかとは言えないが審神者家業としては割合平和に時は流れていた。
「まーたやってるのか」
カンカンと打ち合う音が聞こえてくる鍛練場を覗き込むと短刀サイズの木刀を持った審神者と同田貫が手合せをしている所だった。
「使わないと鈍るからね。右腕も大分動くようになったし。これも同田貫や御手杵がよく手合せに付き合ってくれてるおかげだよ」
「別にアンタのためじゃねえよ」
そう言って鼻を鳴らす同田貫を見て、鶴丸は「素直じゃないねぇ」とニヤつく。
「そろそろ遠征部隊が帰ってくるぜ」
「もうそんな時間?お出迎えに行かなきゃ」
審神者は同田貫と向い合せになって深く礼をする。同田貫もそっぽを向いていたが軽く頭を下げた。
それを手合せの終わりと合図として審神者は鶴丸と共に玄関へ向かう。
「明日の出陣は鶴丸に部隊長を任せたいんだけれど大丈夫?」
「ああ、もちろん。君に驚きの結果をもたらそうじゃないか」
それは楽しみね、と審神者が笑う。

「ああ、でも」

鶴丸が飄々とした口調で言う。

「もう君には大分驚かされているからな」
「・・・?私は何も面白いことをしてるつもりはないんだけど」
審神者のその言葉に鶴丸は喉を震わせて笑った。

「君は君のままでいてくれ。その方が驚きがいがある」

どういうことだ、と思ったが言いながら審神者の頭をポンポンと叩く鶴丸の顔があまりにも穏やかで口をつぐんだ。

ただいま、という第一部隊の声に、審神者は微笑みを浮かべておかえり、と返した。