1.娘は審神者になった


父の死の真相を聞かされた娘はぼうっと天井を見上げていた。
あんなにも打ち込んでいた仕事にも身が入らず、同僚から休めと言われ仕事を取られてしまった始末だ。
ここにいる化け物達が父を殺したのか。そう思うのと同時に父は何故助けを求めなかったのだろうかと考えてしまう。

アイツらが父に執着しなければ。
父がもっと行動を起こしていれば。
私が、自分がもっと興味を持っていれば。

たらればがぐるぐると回り、娘を雁字搦めにする。
あの時ああしていれば、母の死はもっと穏やかなものになったのだろうか。
ぼんやりと涙がにじむ。
「休んでいる所申し訳ない。少しいいだろうか?」
高い人影が障子に映る。誰だっただろうかと思いながらどうぞ、と娘は返す。
ゆるゆると障子が開く。
薄緑の服に穏やかな顔。
「ああ、えっと・・・岩切・・・?」
「石切丸、だよ」
「ああ、うん、そう。石切丸ね。覚えたわ」
惜しかったな。娘は内心でクスリと笑う。
「これからの事について話をしたいと思っている。君には酷な事だろうが、広間へと来てもらえないだろうか」
石切丸の穏やかだった瞳は一瞬にして武人のそれへと変わる。
「私はこの石切丸の名と、そして君の父君の名誉に賭けて君を守ることを誓うよ」
「・・・少女マンガみたい」
今まで信じてきた現実からあまりにもかけ離れた光景。
娘はゆっくりと石切丸に向かって手を伸ばし、頬に触れたり伸ばしたりしている。
「ええと?」
「・・・居るんだ、ここに」
幻覚でも、妄想でもなく。石切丸と呼ばれる刀剣男士はここに居る。
「何か、ちょっと腑に落ちた・・・っていうと可笑しいのかな。父さんが死んだのにはきちんと理由があって、それは訳が分からないものじゃなくて・・・うん、今まで刺さってた物が抜けた気がする」
ふぅ、と小さく息を吐く娘を見て石切丸は悲しげに笑う。

今回起きてしまった悲劇は、刀剣男士達にも、娘達にも深い傷跡を残すこととなった。

刀剣は仲間を永遠に失い、娘は優しい母を永遠に失った。
石切丸は、三日月達三条の面々を止められなかった。岩融ですらも。
きっと彼らは二度とこの本丸にはやってこないだろう。そんな、確信にも似た思いを胸の奥にしまい込む。
穢れであちこち腐り落ちていた廊下は綺麗に修復されている。
娘が尋ねれば、政府の者達が修復したのだと石切丸が返す。
広間には今回の件で折れた五振以外の全員が揃っている。
上座を示されるが娘は首を横に振る。
「今回折れた刀は、父さんをここに留めておきたい奴の筆頭だったって聞いた。他にもそう思ってたのはいるの?」
娘の目は凪いだ海のように静かだった。
ただ、それだけを確認したいかのように。
数名が目を逸らす、体を震わせるなどの反応を見せる。
「そう」
それを答えと取った娘は目を閉じる。
「ねえ、石切丸」
「どうかしたかい」
「私、無宗教なのよね。神様って信じてないの。お盆やお彼岸は祖父母がやってたからって感じだし、クリスマスは日本人らしく楽しんでるだけ。キリスト教信仰してるわけでも仏教信仰してるわけでもないのよ」
娘は首を傾げる。
「まあ、またこんなことがあっても胸糞悪いだけだし、私でいいなら審神者、やるわよ」
「貴女は我々刀剣男士をを信じていないのでは?」
一期一振が真っ直ぐに娘を見つめる。
日本人ではありえないその空色の髪に金色の瞳。
娘は黒い瞳でその金色を見つめ返す。
「ここまで身近で騒がれたら認めるしかないでしょ?アンタ達は【いる】んだって」

オカルトを信じない娘は審神者になった。
彼らの主ではなく、審神者へと。

2.補遺[閲覧権限を提示して下さい]


「やだ」
「うん、気持ちは分かるけどね」
青江が少女の腕を引っ張っている。
分厚いレンズが特徴のメガネをかけた少女は全力で抵抗しているが、少女と刀剣男士。残念ながら結果は歴然である。
まあ、その結果が出る前に数珠丸が少女の背を軽く押した為に勝負の決着はうやむやになってしまったが。
その本丸に足を踏み入れた瞬間、少女はその場で胃の中のものを戻した。
普段飄々とした笑みを浮かべている顔には、今や恐怖しか浮かんでいない。
「何これ、なんなの。きもちわる・・・」
落ち着きなく視線をあちこちに彷徨わせていたが耐え切れなくなったのか口元を抑え庭の隅へ移動する。
青江はそれにつくと少女の背をゆったりと摩る。
「・・・これが、地上の地獄か」
「うーん、気持ちは分かるけど。残念ながら本丸だよ、兄上」
にっかり青江と数珠丸恒次を作り上げた刀匠は別だと言われているが、この青江は数珠丸を兄と呼んでいる。
「ざけんな・・・何が穢れは落ち着いてる、よ・・・なんなのこれ。何でこんなに穢れと感情がこびり付いてるのよ。青江!アンタちょっと本体貸しなさい!斬る!ここにあるもの全部叩き斬ってやる!」
「うん、主も落ち着いて。口調が酷い事になってるよ」
普段の口調は何処に投げたのか少女は真っ青な顔で青江に詰め寄っている。
その声に気付いてか本丸の刀剣が顔を出す。
「ひっ・・・」
少女は、悲鳴一つ上げることなく淡々と仕事をこなす事でも有名だ。
またとても変わり者で人を弄るのも好きだと。
そんな少女は顔を出した一期を見て小さく悲鳴を上げ後ずさる。
「ど、どうされましたか、役人殿」
「よく、そんな、呪われて・・・普通にしていられるよね・・・」
吐き気を催す酷い腐臭、何色とも分からない靄のようなもの、腐ったヒトガタのナニカ。
「じゅっさんの言う通り地獄よ、地獄」
黒いこんのすけを呼ぶと頬をパチンと叩き気合を入れ直す。
「呪い・・・?」
少女の言葉を聞いた一期が目を細める。続きを話せ、と目は雄弁に語っている。
「・・・人ですね。貴方に・・・いいえ、この本丸の刀剣男士様に呪いをかけているのは、女性、だと思います。ただ、その・・・それ以上はちょっと・・・私の体力と精神力が・・・持たないと言いますか・・・」
「主・・・SANチェックに失敗したのですか」
「おいクソ青江。じゅっさんに俗物的なもん教えるなっつったよな」
少女は霊刀を睨みつけるが彼はどこ吹く風だ。
「女性・・・」
一期はぽつりとつぶやく。
「とにかく、直ぐに浄化作業に移ります。取り急ぎ刀剣男士の皆さまは広間へ集まってください」

数珠丸が地獄だと言ったのがよく分かった。

あの青江すら笑みを消し真顔になっている。
少女は吐き気を必死に抑えながら祝詞を唱えている。
それを止めたのは石切丸だった。
「これ以上は君の体に障る。止めるんだ」
「ですが、これが、私の仕事ですから」
しかし石切丸は譲らない。首をゆっくりと振ると「これは我々の自業自得。呪われて当然のことをしたのだ」と言う。
「・・・役人さん、少し休んでから、どうか彼女を救ってほしい」
石切丸が頭を下げる。畳に額が付くのではないかと言うほどに深々と。
「分かりました。一度、その方の様子を見ましょう」
青江と数珠丸に視線で合図をし、石切丸に案内されそこに向かう。
障子を開けた瞬間、少女は石切丸に掴みかかっていた。

「お前たちは、一体、何をした」

レンズの向こう側の瞳はギラギラと怒りで燃えている。
「一体どれだけの事をしたら、たった一人の人間がああなるの!?」
少女の瞳には、特殊な加工を施したレンズを通してすらその縁の糸が見えていた。
殺したい、殺してやりたいという想いの籠った黒々とした糸。
この子だけは何があっても守り抜くという親の愛が籠った赤い糸。
その元になっているのはたった一人の人間。
自らが発しているその呪いで女性の姿は人間だった何かとしか言いようがない。
それでも完全に堕ちず、そこに居るのは眠っている娘を守りたい親心故だろう。
「悪いけれど、この呪いは解けない。呪いを解きたいならこの本丸に居る刀剣男士を全員、折らなきゃいけなくなる」
それを聞いた石切丸は女性に対峙するように正座をし、頭を下げる。
「貴女には大変申し訳ない事をした。そしてこの度は貴女が守り続けていた彼女までも審神者として徴収されることとなった。我々は貴女に誠意を見せなければならない。必ず、」

そこで石切丸は顔を上げ、女性の目をしっかりと見つめる。

「必ず貴女の娘を守り続けましょう。兄弟刀の暴挙を止めることが出来なかった責、この身を以て貴女に示し続けましょう」

ふるり、呪いの糸が一本揺れる。
「・・・・・・その言葉を違えない事を祈るそうです」
少女の通訳に、石切丸は再度頭を深々と下げた。


「どうするんだい、主」
「どうするもこうするも、無理。親の愛ほど強い物はないわぁ、ほんと」
本丸を後にし、いつもの調子を取り戻した少女はそっけなく言う。
彼らの今後の行動で、母親の呪いは動いていく。
石切丸があの言葉を違えれば、たちまち彼らは鉄くずへと成り果てるだろう。


「神は祟り、人は呪うのよ」


少女はポツリと呟いて、職場のドアを開けた。

3.真に恐ろしきは人である


「あのさあ!今何時だと思ってんの!?深夜二時!分かる?普通の人は皆寝てる時間なの!そんでもって私は普通じゃないからお仕事で起きてるの!納期が近づいてるの!相手の要望がガンガン上がってくるの!私が何言いたいか分かる?こんな夜中に人んちに来るとかお前らの常識どうなってるわけ?しかも門まで壊して!何?アンタたちの間では真夜中に門を壊してお邪魔しますってのが流行ってるわけ!?頭おかしいんじゃないの?ほら!何か言いたいことあるなら言いなさいよ!!」

審神者殿!と叫びながら走ってきた一期一振が見たのは、バールを地面にガンガン叩きつけながら仁王立ちをするこの本丸の審神者である娘の姿だった。
娘は仕事中だったのか普段着だ。しかしその目は血走り目元には隈まで出来ている。
一体娘は何徹目なのだろうか。聞きたくない。
その異様としか言いようがない姿に娘を殺しに来たはずの歴史修正主義者も「ウゥ・・・」だの「ア・・・」だのとたじろいでいる。

「いい加減何か喋れよ!あーあーうーうーてめぇらはカオナシか!!」

振り下ろされたバールが地面を抉る。
「何してんだいち兄!審神者のねーちゃんを助けるぞ!」
「・・・あ、ああ。そうだな」

もうあの娘だけで何とかなるんじゃないだろうか。

一瞬一期は本気でそう考えてしまったが厚の言葉に我に返る。
「あ、ちょっと!何コイツら、アンタらの友達かなにか?真夜中にダイナミックお邪魔しますとか迷惑極まりないんだけどどうにかしなさいよ!」
「敵!ねーちゃん!それ俺らが倒してる敵!!」
厚は大声でツッコみながら娘の腕を引っ張る。
「ああ、そうだったの。それにしても敵のくせに殺しにこなかったわね」
「ねーちゃんが怖かったからじゃねえのかな!!」
失敬な、と娘は顔をしかめる。背後から聞こえてくる剣戟。
数名が一期に加勢しに向かったので大丈夫だろう。
「あ、何か敵とかいうのが追ってきたわ」
「くそ!ねーちゃんは後ろに隠れてて・・・あ」

煩い、という言葉と共に空を飛ぶバール。
顔面に直撃したバール。
悶絶する歴史修正主義者。

「あああああああああああ、仕事終わってないんだよ!思い出したら腹立ってきた!おいテメエ!納期に間に合わなかったら首落とすぞ!!」

何の因果か、大和守安定の「首落ちて死ね!」というセリフと共に顔面にバールの直撃を受けた可哀想な歴史修正主義者は消滅していった。

刀剣男士達は思う。
人って怖い。