世界は悪意で満ちている!


父が死んだ。
帰宅するなり待ち構えていた政府の人間がそう淡々と告げる。
その言葉にそうですか、とだけ答えて背を向けようとする。

審神者になっていただきます。

続けられた言葉に、死にやがってあの男、と盛大に舌打ちをした。無理やり連れて行かれそうになったので「きゃー、犯されるー」と棒読みで叫びながらマウントを取ってボッコボコにしてやった。
近所のおばさま達がひそひそと話をしながら私に大丈夫?と声をかけ政府の人間をまるでゴミを見るかのような目で見下している。
一度父の刀剣男士達と顔見せをと縋られたため更に大きく舌打ちをして了承をする。
正直審神者なんて興味がない。刀剣男士も興味がない。イケメン?知らんがな。
歴史修正主義者?勝手に修正でも何でもやってろよ。

母さんを殺したこいつらに興味はない。恨みはあるが。

こんのすけと名乗る薄気味悪い狐に案内されながら時代劇や重要文化財でしか見たことがないような日本家屋を歩く。
さっきから頭のそれを外してください!と言われるが大事な商売道具を手放すわけがなかろうが。
プログラミング用メガネ型端末で同僚と通話しながら仕事を進めていく。
「貴女には審神者になるという意思があるのですか!?刀剣男士様を前にして不躾ですよ!」
とうとう狐がキレたのか大声をあげる。同僚に落ちるわとだけ伝えてメガネを外す。

「いや、ないよ」

ざわりと空気が揺れた。
がりがりと乱雑に頭をかくと数名の男が顔をしかめる。うるせえこっちが顔しかめてぇわ。
「政府の奴がどうしてもどうしてもって土下座するから仕方なく来ただけ。何で私が審神者何かにならなきゃいけないの?」
気持ち悪い。気持ち悪い、きもちわるい。
「で、ですが!ここは貴女の父上様の本丸でして」
「知らんがな。あの男を父として認識するのはやめたし、死んだのも自業自得でしょ。あの男の尻拭いするくらいならここに居る奴全員叩き折って帰る」
自業自得という言葉に怒気が膨らむ。
「アンタさぁ!自分の父親が亡くなったのにその反応なんなの!?ふざけるなよ!」
黒と赤が鮮やかな青年が立ち上がり、その真っ赤な瞳に怒りをにじませる。
「いや、ふざけるなはこっちの話」
よっこいせ、と胡坐をかいて座る。

「最初は母さんが事故に遭った時。あの男に連絡をしたのに帰ってきたのは三日も経ってからだった。気になって政府の人に聞いてみたら現世で急用が出来れば即日帰宅が出来るんだって。更に確認したらあの男の刀共が行かないでってお願いしたからだったんだってさ。あの男にとっちゃ妻が死ぬかもしれないって言う事よりも刀剣男士のお願いのほうが上だったわけだ。
 次は兄貴。兄貴が結婚するってんでお嫁さん連れて来ることになった。せめてちょっとした顔見せだけでもと思ったのにあの男は帰ってこなかった。連絡すらなかった。やっぱり刀共が帰らないでって言ったんだって。
 最後は・・・」

言葉が詰まる。目の奥に涙が滲み奥歯をかみしめる。
こいつが殺した。こいつらが殺した。こいつらのせいで、母さんは。

「母さんが余命三ヶ月だっていうのに。一度もあいつは来なかった」

あの男と血が繋がっている事すら嫌悪を感じるほどだ。
刀剣男士という存在を見る事すら忌むべきことだ。
審神者も、政府も、刀剣男士も、歴史修正主義者も、みんなみんなまとめてくたばってしまえばいいのに。
「悪いけどアンタら見てると殺したくて仕方ないの。母さんの仇だもの。でも人間には理性があるからやめてあげてるのよ?感謝してほしいくらいだわ。それとも何?あの男を父親と認める為にアンタたち全員折ってもいいの?全員折らせてくれるならあの男の仏壇に線香位は備えてやるわ」
刀共は私が本気で折るつもりなのだという事を察したのだろう、臨戦態勢になる。
「じゃ、言いたいこと言ったから帰るわ」
「できません。貴女はもうここの審神者です」
狐の淡々とした喋りに私は隠し持っていた金づちを狐に向かって振り下ろす。
「な、ななな、何をするのですか!」
「ちっ・・・すばしっこいケモノが・・・」
母さんが死んだあの日から心の奥底で燻っていた殺意に、ほんのりと火が灯った気がする。
「とにかく!貴女はここの審神者になったのです!」
「うるせえ死ね」
振り回した金づちは、柱にひびを入れる結果となった。


世界は悪意で出来ている。
仕方ないので審神者になってやることにした。一応金づちを持ったまま狐を連れて政府に向かい、今までの仕事はそのまま続けられるようにした。真っ青になって汗を大量にかいていたが彼は良い人だ。
審神者としての給料は要らないと言った。今の仕事で十分食っていけているし、光熱費は政府持ちらしいのでむしろ今までよりちょっと豪華に出来るかもしれない。
刀共?知らんわ。あいつらだって働くんだからその分給料出してやれよ。私が知ったこっちゃねえわ。
そうして私の審神者生活が始まった。
あの男が元々使っていた部屋なんて気色悪くて使いたくないので物置を改装しその部屋で一日中パソコンに向かう。
ヘッドセットで同僚と会話をしながらプログラムの改良を続ける毎日。
どうやら手入れだけは私がやらないといけないらしいので必要なときにはボタンで呼び出してもらう。
ヘッドフォンを付けたまま手入れ部屋に向かい軽く習った祝詞を手入れをしてくれる式神に対して詠む。
流石にその時ばかりはヘッドフォンを外す。彼らはとても小さく、そして喋れない。つまり意思疎通が出来ない。
彼らは可愛い。ネットを見ていたら金平糖などを渡すと良いと聞いたので金平糖を瓶で渡しておいた。喜んでいた。ほんの少し悪意だけじゃないかもしれないと思う。

刀は食事をするし風呂にも入るらしい。刀の癖に人間らしい生活をしているようだ。ふざけんな。
眼帯を付けた男と紫色の男に食事を一緒に摂らないかと言われたが、毒を入れられたらたまったもんじゃない。
オブラートなんて投げ捨ててそう言えば彼らは少しだけ寂しそうな顔をした。

「いつか君には話さなきゃいけないんだろうね」

部屋に戻る前に聞こえた言葉が少しだけ気になった。
今まで聞こえることのなかった子供たちがきゃあきゃあと騒ぎ遊ぶ声が耳障りだ。
ヘッドフォンの音量を上げる。
殺したい、殺してやりたい。母の命を奪ったこいつらを。母の命を軽んじたあの男を。
奥の間の一室に、男の仏壇がある。時折顔を覗かせれば大抵三日月宗近という刀か、最初に私に噛みついてきた加州清光。それから鶴丸国永という刀がいる。他の刀が居ることもあるが大体こいつらだ。
殺したい殺したい殺したい殺したい壊したい殺したい殺したい壊したい壊したい壊したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい。
殺意と共に仏壇を見れば男は見たことがない笑顔でそこに居た。

「やっぱ、家族よりこいつらが大事だったんだなぁ」

三日月宗近が居るのも忘れてぽつりとつぶやく。
刀は何処か勝ち誇ったような顔で羨ましいかと尋ねてくる。
私は鼻で笑い飛ばし、私の父は兄の結婚と共に死んだと返してやる。
刀は目をぱちりとさせる。
「死んだはずなのに、どうしてここにいるんだろう」
仏壇と対面する形で胡坐をかく。
私達の父は死んだ。家族よりも刀を優先させた時、あの男は「旦那」でも「父」でもなくなった。
「旦那」であり「父」であったあの人は死んだ。
それでもここに来るとじくりじくりと胸が痛んで、持っている金づちでこの男が眠る場所を破壊したい衝動に駆られて。
「お前の父は・・・主はそこには居らぬよ」
刀はうっそりと笑う。
本能で理解する。こいつは、敵だと。



演練は面倒くさい。手元のパソコンでプログラムを打ち込みながらメガネ型端末でその内容を確認する。
あ、クソ、バグが出た。どこにミスがあるんだ。
他の審神者は刀剣男士が可哀想じゃないのかだの引継ぎなら引継ぎらしくしなさいだとか言ってくるが大抵私の

「間接的に母を殺し、父を殺した刀剣男士をどうして敬わなくてはいけないんですか」

と言えばすごすごと下がって行く。
「ちょっと、終わったんだけど」
赤と黒の刀が不機嫌丸出しで声をかけてくる。
「あ、そう」
メガネを外し、立ち上がる。同じ顔がたくさん、同じ刀剣男士がたくさん。
何で審神者って奴はこの異常な光景を異常だと認識しないのだろうか。
狂ってる。私はぽつりと呟く。
こんな異常を引き起こしている歴史修正主義者も、こんな異常な光景を認識しない審神者も。
戦うために使われているのに人を殺す物。
物に人型を与えるなんて気持ちが悪い。兵器に感情を与えるなんて、頭が可笑しいとしか言えない。
兵器たちの声でガンガンと痛む頭を押さえながら、私は演練場を後にした。
眼帯の男と紫色の男が部屋に尋ねてきたのはその日の夜だった。
一応こっちは女なんだけれどもと嫌悪感を隠さずに言えば彼らは今日しかないのだと言う。
舌打ちをしてバールを手に取り、刀を持ってきてないなら入ってもいいと言えば二人は頭を下げてから入室する。
寝間着の着物姿の彼らは本体である刀は持っていない。・・・この格好でやってきたのも凶器になるものを隠し持っていないという事を証明するためだろうか。
「夜分遅く、このような格好で女性の部屋を訪れた事、まずはそれを詫びたい」
私の手の中のバールを見て目を見張った紫色の男は、それでも綺麗な正座のまま深々と頭を下げる。
「こんのすけは、いないよね?」
「あのクソ狐なら私がバールを買った頃から居なくなったけど?どこにいるかなんて知らない。興味もないし」
そう返せば眼帯の男は安堵の息を吐く。
「僕は、僕達は・・・主の娘である君に話さなければならない」
眼帯男の声は硬い。緊張と、恐怖。視線で話の先を促す。
「ここに居る全員は君の父上の手で顕現された、あの人の刀だ。僕たちはあの人の采配で戦うことが嬉しかったし、あの人が話す家族の話を聞くことが楽しかった」
紫色の話に眉をひそめる。どういう、こと、なの。
「僕達の大切な主。その主の娘・・・僕達は、正気を保っている者達は君を守らなければならない。どうかこの闇夜に乗じてこの本丸から逃げてほしい」
紫色が頭を深々と下げる。気づけば眼帯男もだ。
「・・・理由を聞いてない。アンタの話だとここには正気を保ってる奴と保ってない奴が居るみたいなんだけど」
こいつらは付喪神だという。
付喪神って神って名があるけれど妖怪なんじゃなかったっけ。
オカルトやホラーに興味がないから知らないけど。
「そうだね・・・。僕たちは刀・・・「物」なんだ。彼らの想いは過ぎたものだ」

その後の話は、よく、覚えてない。
ただ、父が現世の話をすることをよく思わない奴らが居た事。
そいつらのせいで父は現世に帰れなかった事。
母を、兄を、私を、よく思っていない奴らが居た事。

それが、事実なら、私は、私達は。


母は。


どうして、死ななきゃいけなかったのよ。


―――




「最近夜中にあの審神者さんが出歩いてるみたいなんだけど」
最初にそう言ったのは粟田口派の乱藤四郎だった。
たまたま厠に起きた時に彼女が廊下をフラフラと歩いている所を見たらしい。
それを切っ掛けに僕も、俺もと声が上がる。
「流石に部屋に籠りっぱなしじゃ気が滅入ってるのかもしれねえな」
「だから僕達が寝てる夜に?」
乱が首を傾げる。
「・・・アイツ、昼夜逆転してたりするからそういうのあるんじゃないの」
ぶすりと不機嫌さを隠さずに清光が言う。
まあそういう人間も居るのか、とざわめきは収まって行く。
歌仙は、青江と石切丸の顔色が悪い事に気付いていた。


前田藤四郎が夜中に目が覚めた時、まず最初に気付いたのは本丸内を歩いている者が居るという事だった。
きっと新しい審神者が夜の散歩をしているのだろう。彼は出来るだけ彼女と合わないように厠へ向かおうとする。
部屋へ戻ろうとした時妙な事に気付く。
奇妙な臭いがするのだ。何かが腐ったような、それでいて甘ったるいような。
不愉快な臭いに彼は顔をしかめる。
それと同時に彼を覆い隠すかのような影が目の前に広がる。

「ねえ、貴方はちゃんと本当の事を言える子?それとも悪い子?」

腐臭の元は新しい審神者だった。
新しい審神者はぐちゃぐちゃの顔で、けれど声だけは壮年の女性で、前田に尋ねる。
バールが振り上げられた瞬間、前田の意識は途切れた。
翌朝一期は鬼の形相で彼女の部屋を訪れる。
「鈍器で前田を襲ったという事について弁明を伺いましょうか」
今にも抜刀しそうな一期を尻目に彼女は「はぁ?」という顔をしている。
「前田・・・って誰よ・・・っつーか朝から煩い・・・昨晩遅くまでバグチェックしてたから眠いのよ・・・」
「貴様っ・・・!」
彼女は苛立たしげに頭をかくと「誰か機械に詳しい人は?」と尋ねる。
「・・・それでしたら、陸奥守殿や鶴丸殿が」
「じゃあその陸奥守っての呼んできて。昨晩・・・ってか基本部屋から出てないから。それを証明する」
少しして内番姿の陸奥守がやってきて彼女のパソコンを見始める。
一期から前田が襲われた時間を確認し、それからパソコンに残ったチャットログを確認する。
「一期、こん人の言うちょる事は真実じゃ。前田が襲われたっち時間にゃこん人は、同僚のと会話しちょる」
証明された瞬間、部屋の温度が下がる。
「では、アレは一体、」
「知らないわよ。でもわかったでしょ。私じゃない」
「・・・そのようですな」
ではアレはなんだったのだろうか。感じた寒気に一期は腕を摩る。
彼女は刀剣男士という存在を、審神者と言う存在を恨んではいる。それでもお互いの領域を侵さないようにとの配慮はしてくれている。
それはただ単に彼女自身が刀剣と関わることを良しとしないからだろうが。
「何・・・?何か出たわけ?幽霊とか私信じてないから。変な夢でも見たんじゃないの」
苛立たしそうにそう言うと彼女は一期と陸奥守を部屋から追い出す。
「・・・どう思われますか」
「何か、がおるかどうがか?」
ええ、と一期は頷く。これ以上部屋の前に居ればバールで脅されるだろう。
移動しながら彼は、彼女の言葉を反芻する。
「・・・あの審神者殿は、基本的に外に出ない、と言っていましたね」
「まぁ、ワシらを嫌っちょるようじゃからな」

それならば、短刀達が見たという【夜中出歩く審神者】は?
どこからか、微かに腐臭が漂ってきた。


―――




「いい加減にしなよ」
「何故」
「このままじゃこの本丸は終わる。分かってるはずだろ」
「お前まで俺が悪いと言うか」
「ああ、そうだよ。病巣を切りとらないと【アレ】は俺達全員を殺す」
「その前にこちらから殺してやればいいだけの話だ」
「もうそういう所じゃなくなったんだよ。【アレ】は止められない」
「・・・・・・主を愛していたお前らしくないな」
「主を愛しているから言ってるんだ。これ以上は、俺達で踏み込んではいけない領分だ」
「・・・・・・」
「アンタが賢明な判断をしてくれることを願うよ」

縁側に出た彼の耳には女性の声が絶えず響いている。
『貴方は正直な子?それとも嘘吐きな子?』
今すぐにこの場所から逃げ出したい。
「ごめん、主・・・遅いのは分かってる・・・でも、俺、逃げないから」
じわじわと愛した場所が浸食されている。
恐怖に震える体を叱咤し、彼は立ち上がった。

***

夢を見た。
遠い過去、まだ家族四人が揃っていたころの話。
私はそれを見下ろしている。
このころは良かった。
父さんも母さんも居て、兄さんとも仲が良かった。
お兄ちゃんなんて嫌い!と言っている友達の気持ちが分からなくて首を傾げたりなんてこともあった。
ふいに、場面が切り替わる。
誰も居ない【今】の家。仏壇には母の遺影が飾られている。
その隣で蝋燭の炎が揺らめいている。
消さなきゃな。
そう思い一歩踏み出した瞬間蝋燭は床へと落ち、ありえないスピードで炎が辺りを包む。

ごめんなさい、ほんの、ちょっと、ちょっとだけ、だから。

懐かしい声が聞こえて、夢は終わった。


―――




身を貫かれるような寒気に、にっかり青江は冷や汗をかいて飛び起きる。
時刻はまだ日が少し傾きを見せた頃。
何時の間に寝ていたのだろうと小さく首を傾げる。

部屋の前を、何かが通った。

ズルリ、ズルリ。粘着質な音が耳に残る。
【それ】が放つ穢れの大きさに無意識に呼吸を最小限へととどめていた。
部屋の前を通り過ぎるかと思ったそれは、不意に障子に手をかける。
斬り捨ててしまいたい、という気持ちと、これは斬ってはいけないという気持ちがごちゃまぜになり青江は口元を抑える。
開いた障子の向こう側には新しい審神者が居た。
けれどその瞳は虚ろで青江を映してはいない。

「ねえ、おばさんちょっと聞きたいことがあるの」

光の無い瞳が青江を見つめる。酷い腐臭と穢れ。
「何、かな」
「おばさんね、悪い子は嫌いなの。ここにおばさんの旦那が居たのよ。貴方はそれを知ってる子?それとも知らない子?」
見た目は審神者そのものだ。しかしその中身は全くの別物だ。審神者の意識はない。眠っていると言った方が正しいか。
「・・・それは先代の主、って事でいいのかな。写真のようなものがあれば、確認が出来るんだけれど」
「ええ、ええ。そうよ。貴方はとっても素直ないい子なのね。あの子とは大違いだわ」

彼女が持っているバールに、血が付着している。
「・・・一体誰が、嘘吐きだったんだい?後で僕から叱っておくよ」
これ以上これを刺激してはいけない。死にたくなければ嘘を吐くな。
「あらぁ、気にしなくていいわよぉ。おばさんからちょっと叱っておいたから」
それから【それ】は粘着質な音を立てながら部屋を出ていく。その足跡は血液で出来ている。
青江は慌てて部屋を飛び出す。
そこには、何度も殴られたのか重傷になり折れる寸前の今剣と小狐丸が倒れていた。
「な、ど・・・どうし・・・これは・・・」
先ほどバールに付いていた血はこれだったのか。
人を呼び、彼らを手入れ部屋へと連れて行かなければ。
そんな青江の背後から、何かを壊すような音が響いてきた。


「しゅく・・・主君の・・・」
そこは、先代の仏間だった。
【それ】は先代の為に作られた仏壇に何度も何度もバールを振り下ろしている。
「止めなさい!それ以上壊すのであればこの前田、貴女を許しはしません!」
抜刀し、【それ】に対して警告を発する。しかし【それ】は動きを止めない。
何かを呟きながら、まるで恨みを発散するかのように殴り続けていた。
「貴方、嘘吐き?嘘吐きなのね?」
ゆっくりとバールを振り上げる。あの夜に嗅いだ腐臭。前田の体はガクガクと震えていた。
「止めなさい・・・それ以上は・・・貴女の魂が穢れてしまう・・・」
「石切丸殿・・・」
怪我を負っているのか血をにじませた石切丸が【それ】を止める。
「貴方はさっきの嘘吐きを庇った子ねぇ」
「ええ、ですから、貴女に真実をお話にきました」

***

最初は普通の本丸だった。
歯車は何処からズレていったのだろうか。
男はとても優秀で、それでいて謙虚さを持っていた。
短刀や脇差を見れば自分の子と重ね可愛がり、打刀や太刀とは酒を飲み語らった。

ある日男に届いたのは遠く離れた田舎に住む母の病の知らせだった。

男は大慌てで現世へと帰り、母を見舞った。
けれどその甲斐空しく男の母は眠りについた。
男の父は既に亡くなっている。母との思い出に浸りながら、少し休んでから本丸へと帰った。

刀剣達は、ほんの少しだけ狂っていた。
泣きながら男に何処へ行っていたのか、自分たちを捨てるのかと縋った。
男は現世へ帰る事を伝え忘れていた事を詫び、母を看取ってきたのだと伝える。
それから刀剣達は少しずつ、少しずつ男の姿が見えなくなることに怯えを覚え始めた。

男は、帰る事も許されず、本丸に監禁された。

そして、男は―

***

変な臭いがする。くっさい・・・。
目を覚ますといつもの部屋ではない場所で、内心首を傾げながら体を起こそうとする。
すると眼帯男がゆっくりと首を振りながら寝ているようにと告げてくる。
どうにも体がだるい。何があったのかと聞けば。

「・・・幽霊が出ただけだよ」

そう、泣きそうになりながら呟いた。


―――


被害報告
破壊刀剣数 四振(三日月宗近、鶴丸国永、小狐丸、今剣)
自壊刀剣数 一振(加州清光)

浄化部が本丸に突入した際には本殿には多数の腐食と穢れが見られる。
特に三日月宗近と鶴丸国永は手入れをさせまいとする意図が感じられる破壊のされ方がされており、残った破片も穢れが酷い為封印をされている。
残った刀剣男士の証言によれば加害者は後任の審神者の体を使った前任の妻が怨霊と化したものだと言う。

[データ閲覧制限]

事実を語った後、前任の初期刀である加州清光は自らの刀身を折り自害。
この事件で折れた刀は合計五振である。
現在審神者の任に就いている者達へは現世への帰還時は必ず刀剣男士への報告をすること、又護衛として刀剣男士を一振連れて行くことを義務とする。