審神者さん、沖田刀と話す
「何で主は前田だけ「前田君」なの」
おまんじゅうを食べながらかしゅ君が私に尋ねる。
先日の鍛刀結果は打刀が二本。ながさんが言うには前の主、近藤勇の部下・・・沖田総司が愛用していた刀だと言う。
ひゃっほうと顕現し、二人に事情説明。
討ち入りしようとするのを止めて毎日楽しく出陣したりご飯食べたりしている。
ゾンビがご飯必要なのかと言われると、食事を摂ると審神者パワーが一時的に上がるのできちんと三食いただいている。
わたくし、早寝早起きを心がけ毎日三食とおやつを食べる健康生活をしているゾンビです。
「えっとね、前田君が初期刀だから呼び方が特別がいい!って言ってね、じゃあながさんはながさんって呼んでるから略さないで前田君って呼ぼうかって言ったの。喜んでた」
ちなみに前田君は強い。練度的な意味合いじゃなくてちょっと捻じれてると言う意味で。
使えるべき主を死に追いやった本殿の憎い刀剣共、使えるべき主を守れなかった弱い自分。そう言うのが捻じれた結果、彼の魂は荒神寸前になっているとのことだ。私の初期刀はとても強い。
さっきも本殿の刀剣男士に何かを言われて顔面に一発お見舞いしていた。流石に悪いかなと思ったので手入れ用の資材だけ供えて離れに帰った。
前田君は刀剣男士から闘拳男士にでもジョブチェンジするつもりかな?
本来なら練度的に本殿の刀剣男士には全然敵わないんだけど、前田君は「ここの刀剣男士に対してのみ練度が跳ね上がる」という特殊スキルを持っている。ちなみに本体は穢れるから使わないそうだ。
「でも私にとってはみんな大切な刀だからね!呼び声に応えてくれて、私の事情を聞いても戦ってくれるって言ってくれた優しい刀!」
そういうとかしゅ君とやす君は嬉しそうに笑う。
いやぁ癒し癒し、眼福眼福。というか女子力たけー!
ゾンビになってからの方が人生楽しいってどういうことなんだと思うが楽しいんだから仕方ない。
「ねえねえ、後でかしゅ君とやす君の髪の毛いじっていい?いいなー、キューティクル。私ばっさばさになっちゃったからな〜」
「主が渡してきたしゃんぷーとりんす?でどうにかならないの?」
やす君が湯呑みを渡しながら問いかける。
「三年間かけてばっさばさになった髪の毛だから長期戦覚悟だねぇ」
はあ、暖かいお茶が美味しい。
健康生活をしているゾンビなのだが、問題もある。
それは既製品が食べられないという事だ。審神者パワーと付喪神パワーが合体事故起こして出来上がった審神者ゾンビのせいか、霊力がこもった物でないと体が受け付けない。
簡単に言えば私や私が顕現した刀剣男士が作った物じゃないと食べられないし、飲み物も本丸の井戸水かそれを使ったお茶でないと飲めない。くっそ、孤独な三年間がここに来て跳ね返ってくるとは!
お世辞にも上手とは言えない料理を皆は美味しいと言って食べてくれるし、日替わりで手伝いもしてくれる。
うちの刀剣男士はこんなにもエンジェル。絶対に料理の腕、上げて見せるからね!
汚い話になるがこの体になってから排泄はしなくなった。食べた物は全て体を動かす動力+審神者パワァになっているようだ。機械かな?
「はいはい!じゃあ俺も主の髪の毛弄っていい?」
「いいけどばさばさだよ?」
「ふふん、俺が絶対に元の綺麗な髪の毛に戻してみせるから任せてよ」
別に元もそこまでさらツヤヘアーってわけではなかったけどね。かしゅ君の気持ちが嬉しくてテンションはハイである。
そのすぐ後にかしゅ君が部屋から椿油やら高級そうな櫛やらを持ってきてくれたので、とりあえず頭部を外して彼に預ける。
「ああああああああああ主いいいいいいいいいいいい。死んじゃやだあああああああああああああああああああああ!」
「首落ちて死ねなんて言わないから!死なないで主いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
顕現された後かくかくしかじかまるまるうまうまと説明をしているときにこう・・・ポロッと落ちてしまったのだ、頭が。
前田君とながさんは既に慣れた為か「取れやすいんだから気を付けて」とほんわかしていたのだが肉体を持ったばかりの彼らは違った。今から自分たちが仕えるべき主の首が取れた。
そんな恐怖とショックで彼らは泣きながら私の体を揺らした。やめて、体と頭は離れていても感覚は共有されているの。揺らされるとね、気持ち悪くなるの。
・・・と、まあそんな初日を乗り越え彼らは強くなった。本殿に討ち入りしようとしたのは流石に止めた。
ながさんも「まだ全員そろってないだろう?」じゃないよ?止めて?
前田君も「闇討ちや暗殺には短刀や脇差がうってつけですよ」じゃないよ?何したいの?
「あー、気持ちいいー。人に頭を洗ってもらったりするのって凄い気持ちいいんだよね〜。かしゅ君テクニシャン〜」
体の方はやす君がマニキュアを塗っている。
上の方から「赤!」「青!」という応酬が聞こえてくる。
「主の手、凄い荒れてる」
「えー、それでもマシになったんだよ〜。死んだ直後とか手の皮ぼろっぼろでさ」
健康生活ゾンビのおかげか肌ツヤよくなったし血色もよくなったし審神者パワァも上がったし良い事だらけである。
髪の毛はやっぱり長期的に見ないとダメかな〜。
「・・・二人ともどうしたの?」
何故かぐすぐすという泣き声が聞こえる。
「俺、もっと強くなるからね・・・!」
「絶対に本殿の僕には負けないから!」
何でうちの刀剣男士はみんな拗らせるん?
「・・・そういう訳でゾンビになった後の方が健康的な生活を送っています。お姉ちゃんはどうですか?お義兄さんと双子ちゃんは元気でしょうか?出来れば会いに行きたいのですが、政府から外に出るのは止めてくれと言われてしまいました。代わりにお姉ちゃんが政府の方に来れば会えるような手続きは取ってくれるそうです。お姉ちゃんの都合が合えば是非会いたいです。私の大切な刀剣男士も紹介したいです。それからキツネさんは元気ですか?お姉ちゃんが元気にやっているので多分元気だと思いますが。私が出向くことが出来ない代わりに元気にやってますと伝えてくれたら嬉しいです、っと」
お姉ちゃんに送る手紙に封をしてこんのすけを呼ぶ。
ちなみにこいつは本殿側なのだが基本的に一本丸一こんのすけの為新しいこんのすけは来ない。たまに尻尾を持ってボール扱いしている。前田君と一緒にキャッチこんのすけをやったのはとても楽しかった。
「じゃあこれよろしくね」
「かしこまりました、審神者様」
私の事は主とは認めていないが、口答えすればボール扱いされることを学習した式神君は嬉しさからかな?ガックンガックン震えながら手紙を持って行ってくれている。
これも引継ぎ審神者の死亡が関係しているので死んでよかったかな!!
さて、もう少しで皆が帰ってくる。
お出迎えの準備して、おやつにしよう。
本殿の刀剣男士の視線なんて気にせず、私は軽い足取りでゲートに向かって、頭を落として皆がどっと笑う事となった。