審神者さん、ゾンビになる


ゴン、ゴン、ゴン、ゴン。
鈍い音が断続的に続く。
出して、出して、出して、出して。
掠れた声が呟き続ける。

審神者名、寒桜。

彼女はただただひたすら現世へと続くゲートを叩き続ける。
彼女はいわゆる引継ぎ審神者と呼ばれる者で、この本丸は前任の審神者が厳しくも優しくまとめ上げていた優良本丸だった。
それ故に前任が亡くなったものの本丸を潰すのは惜しいと考えた政府は寒桜を後任の審神者として本丸に送り込んだ。
前任にはまだまだ敵わないがこれから頑張って行こう。寒桜の前向きな考えを粉々にしたのは刀剣男士達の容赦のない言葉の雨だ。

曰く、お前は主じゃない。
曰く、主などと認めない。
曰く、お前なんて要らない。

刀剣男士達の譲歩で寒桜は離れに追いやられ、そこで暮らすことを強要された。
ただの霊力タンク。審神者が居なければ本丸は消滅してしまう。
寒桜はただただ耐えて、それでも刀剣男士達と交流を図ろうと日々努力をした。
けれどその努力も虚しく終わり、三年間という時間でとうとう寒桜の精神はギリギリまですり減ってしまっていた。
本殿の刀達はいつもの事だと気にも留めない。

そして今日、その【いつもの事】が終わりを告げた。

「帰れないなら、もう、いいよね」
脇腹に突き刺さったままの初期刀に声をかける。名も知らぬ短刀は、政府がせめともと寒桜に持たせた物だった。
しかし名も知らず呼ぶことも出来ず。こんのすけに問えばあの式神もまた前任を慕っていた為に教える義理はないと消えてしまった。
名も知らぬ可哀想な初期刀。ごめんね、ごめんねと言いながら審神者は腹から流れ出る血をそのままに門を叩き続ける。
寒桜にとっては幸運な事に、初期刀と彼にとっては不幸なことに、何故か寒桜の足元に打刀が一本転がってきた。
そちらの方向を見れば第一部隊の面々が言い争っている。あの金色の鎧は、誰だっただろう。
全員本体は持っているので彼らの刀ではないのだろう。
寒桜は喜々として刀を鞘から抜くと自らの首に当てる。

寒桜は自らの首を斬り落とす直前、無意識に小さな声で二振りの刀の名を【呼んで】いた。


―――

彼らが見たのはぼとりと落ちた女の首と、青ざめた子供の顔、背の高い男の背中だった。
「主君!主君!!主君!!」
一人は前田藤四郎。真っ青な顔で涙を流し、落ちてしまった女の首を抱きしめている。
もう一人は長曽祢虎鉄。彼は血でぬれた自らの本体を見て呆然とし、それから女の体を無理のない体勢に横たえている。
「ま、えだ・・・前田!」
第一部隊の一期一振は弟の姿を見かけた瞬間走り始める。本殿にも前田藤四郎は居るが、今実体を持った【前田藤四郎】もまた彼にとっては弟だからだ。
だから、信じられなかったのだ。
彼が愛すべき弟が、憎しみの籠った瞳で寸分違わず彼の頸動脈に短刀を押し当てていることに。
「前田、やめなさい」
「いち兄・・・いえ、一期一振。僕の主君を死に追いやった罪、償っていただきます」
ぐっと押し込められそうになった刃を止めたのは長曽祢だ。
「今はそれどころじゃないだろう。・・・こうして顕現されたというのに、最初に見たのが主の死とはな・・・」
前田は一期一振を睨みつけていたがやがて興味を無くし主の亡骸に縋っている。
やがて騒ぎを聞きつけたこんのすけがやってきて、審神者の亡骸に驚きながらも政府の役人を呼ぶ。
寒桜は・・・寒桜だった物はそうして現世へと運ばれていった。

死体安置所で眠っている主を見て前田は涙を流している。
彼は三年の間ずっと寒桜を見守ってきていた。
彼女が努力をしてきた事も知っている。彼女が泣いていた事も知っている。
何度、名を呼んで欲しいと思ったことか。何度あの政府の狗が憎いと思ったことか。
しかしその時間ももう終わりを告げた。
彼女は頑張って頑張って頑張って頑張って、そして壊れた。
体は元気でも心は死んでしまっていた。
だからこそ今日、彼女は死のうと思っていたのだ。

「しゅ、くん・・・主君・・・ごめんなさい・・・僕はずっと貴女を見守っていたのに・・・守り刀として、貴女を、守りたかった・・・!」

ボロボロと涙を流しながら寒桜の安置された台に縋って泣いている。
長曽祢は前田の頭を撫でてやりながら話すことも出来なかった主を見守っている。
彼女が長曽祢の本体で首を斬り落とそうとした瞬間、前田の声が聞こえてきたのだ。
(主君に名を!)
顕現さえしてしまえば首を斬ると言う蛮行も出来なくなるだろうとの考えからだ。
一歩、遅かったが。
本殿の刀剣男士達は全員本丸に置いてきた。ここで現世に連れてくるような事になれば前田が荒神になりかねない。
今彼の精神状態はそこまで危ぶまれている。
「俺のせいだな」
意識はぼんやりとあった。既に本殿には長曽祢虎鉄が居るらしい。そこにやってきた二振り目の自分。蜂須賀が自分を見て何事かを怒鳴り、手を振り払った。
勢いを付けて飛んでいく刀。その先に居たのが主だった。脇腹に突き刺さったままの短刀。光の無い瞳。
彼女は彼を見てニヤァと笑った。
ポツリ。
ようやく終わるんだと呟いて。
「長曽祢さんのせいでは、ありません」
「なあ、教えてくれないか。主の事を。俺は本殿の刀剣男士達とつるむ気にはなれん。それに、他の審神者の所に行けと言われてもだな」
「・・・わかりました」
前田はまだしゃくりあげながらも、少しずつ三年間の事を話し始めた。


―――

ああ、やっと終わった。やっと解放された。
もうゴールしてもいいよね・・・って。死んだらどうなるんだろうと思ってたけど意識ってあるものなんだなぁ。
審神者さんびっくりだよ。
少年の声と青年の声が聞こえる。どうやら私の事を話しているようだ。
誰ですか!私の個人情報知ってるの!あ、やめて!お菓子作ろうとしてオーブン爆発させたのは黒歴史!

・・・って本当に誰よ。

死んでからの走馬灯担当かな?
目を開けた瞬間LEDのライトが直接当てられていてムスカ状態になる。
慌てて体を起こして、何故か頭だけが置いて行かれた。

「は・・・?」
「主君・・・?」
「主・・・?」

どういうこっちゃねん。

死体が動いたという事で政府内は阿鼻叫喚。やだ、楽しい・・・と思いながら号泣する前田君を抱きしめる。
あ、揺らさないで、頭落ちる。
専門職の人もよく分かっていないのだが、いわゆるキョンシーみたいな・・・こう・・・人体に魂をこう・・・ふわっと閉じ込めてると言うか・・・。
まあ言っちゃえばゾンビすかね!
死ぬ寸前で放出しっぱなしだった審神者パワァと、主君を殺した刀剣男士憎い前田君の付喪神パワァが悪魔合体した結果と言うか。この合体、事故ってない?合体事故じゃない?これ合体事故じゃないよね?
縫合出来ればよかったんだけど完全に頭と体が別個体になってしまっていて、切り口は既に肉で埋まっていた。なにこれこわい。審神者パワァ凄いけど怖い。
「はいはーい!役人さん!」
「な、何でしょうか、寒桜さん」
もう頭落ちるしと思って自分の胸のあたりに抱えておく。別個体になったとは言え一応自分の意志で動かせるからありがたい。
ちなみにこの役人さんも前任さん大好き勢で私の心の闇(笑)をシカトしてくださった御仁だ。ころころしようぜ!
「何か私ゾンビ化してるみたいですし、離れでもう一つの本丸運営していいですか!これからも本殿にはかかわらないんで!」
そうだよ!離れを改築して私の本丸を作ればいいんだよ!
頭落ちて死んだせいか、脳みその大切な何かが数本すっぽ抜けた気がする。
「本殿さんには私は要らないでしょうし!私、私の本丸作る!」
「どこまでもお供します、主君!」
「主殺しの咎、償わせてもらいたい」

ながさんには後でデコピンしておいた。むしろ私の自殺にながさんを使ってしまって申し訳ない。



「・・・そういう訳で、前田君はとっても強くて可愛くて頼りになる初期刀で、ながさんはとっても強くて格好良くて頼りになる一番隊長です。お姉ちゃんが私が死んだことで刀剣男士全員コロス状態になったことは役人さんから聞きました。お姉ちゃんの言葉は割と本当になったりするので、気を付けてください。写真を一緒に入れておきます。私の大切な刀たちを、お姉ちゃんも好きになってくれたら嬉しいです」
よし、と頷いたつもりが頭は机の上にあるので体だけが動いている。
「主君、鍛刀が終わりました」
「本当?じゃ、行こうか!」
体に頭を乗せて包帯を巻いて更にリボンで固定。とりあえずこれで落ちない。
「何をなさっていたんですか?」
「お姉ちゃんに手紙書いてたの。何か私が死んだ理由を聞いて刀剣男士全員コロスってなっちゃったらしくてさー。せめて私の刀は殺さないでねって」
「ふふ、とてもよい姉上様ですね」
シスコンやけどな。
「さあさ、おいでませ刀剣男士様」
出来上がった刀を前に私は柏手を一つ打った。