残す貴方と約束を


突然ですが私は一週間後にこの世から消えます。来週から彼がここの主になるので皆仲よくするんだよ」

ニコニコと微笑む本丸の主に、刀剣男士達は呆然と彼女を見ていた。
「あの、先輩。皆さん呆然としてますけど」
「そりゃあ消えるのも主が変わるのも言ってなかったからね」
あっはっはと笑う審神者に噛みついたのは彼女が初めて鍛刀した乱だった。
「え、どういうこと!?消えるって!?主が変わるって!?何で!どうして・・・」


「運命とは時に残酷なものなんだよ」


先ほどまでとは打って変わって冷たい声色でぴしゃりと言い放つ。
「私はね、歴史改変で生まれた子供なんだよ。歴史が歪められて生まれた偽物の人間。だから正しい歴史に戻ったら消えるのは当然でしょう」
今度はどこか芝居がかった口調で。
「それなら、僕達は・・・僕たちがしてきたことって・・・」
「人間にとっては正しいことだよ、乱が・・・みんなが気にすることは何一つない」
さぁ、引継ぎの準備をしようか。
ニコニコと笑う審神者だけが、その場所では異様に見えた。


彼女が審神者になったのは5年前。
政府の使いが家にやってきたかと思えば大量の資料を取り出して上から目線で彼女に【説明】をし始めた。
ここで歴史がこう変わったせいでこうなって、あれがああなったからああなって。

貴女は歴史修正の上に生まれた偽物の人間なんですよ。

だから死んでください。

審神者になる事が出来る人間は霊力だけではなくある種特異点のようなものだった。
例えば、歴史修正による影響を一切受けない事だったり、歴史修正で消えてしまったものを記憶として持ち続けていたりだとか。

例えば、歴史修正で生まれた【偽物】だとか。

彼女は少し悩んでから、じゃあ審神者をやりますと政府の人間に言う。
家の荷物を全て廃棄する。人に譲るという事も考えたが、彼女が消えた時点で彼女が所持していたものは全て消えるという事なので大人しく全て捨てることにした。
そうして彼女は、自分を殺すために審神者という職業に就く事となった。

「・・・あと少しで歴史が戻ります」
こんのすけの言葉に彼女は来るべき時が来たなぁと苦笑を浮かべる。
「申し訳ありません、審神者様」
「んーにゃ。気にしてないよ。元からこういう運命だったんだ。受け入れないとね。所で後任の子って政府が決めるの?私が決めていいの?」
彼女がそう尋ねると「審神者様が自ら任命すると言うのであれば」という答えが返ってくる。
彼女は早速講習を受ける審神者の卵たちを見学しに行く。

「あ、あの子がいいな」

彼女が示した先に居るのは彼女と同い年くらいの青年だった。
「何故?」
「いや、彼は記憶保持タイプだからちょうどいいかなって」
それからの行動は早い。元から彼女は行動が早いタイプだが今回ばかりはその比ではない。
青年に声をかけ事情を話す。青年は優しい心の持ち主だったのか彼女の話を聞いてボロボロと涙を零していた。
何でこんなに良い人が、という言葉に彼女は少しだけ嬉しくなった。
それから空き時間には一対一で審神者と言う職業や兵法、霊力の使い方をみっちりと教えていく。


そうして、時は来た。

「んじゃあここらへんの兵法書に君の霊力を注いで持ち主の情報を書き変えて。そうしたら歴史修正の影響でこれが消えることはなくなるから。でも審神者を辞める時は燃やすなりなんなりして廃棄処分しておいてね」
「・・・本当に、こうするしかないんですか?」
「正しいとこに戻ったからしゃーないねえ」
ポンポンと彼女が青年の頭を軽く叩く。
「出会って間もないのに私の為に泣いてくれてありがとう。君になら私の大切な仲間たちを任せられるよ」

消える人間は審神者ではない。
彼女の審神者としての権限はもうなくなり、実質彼らは青年の刀剣男士になったようなものだ。
彼女は教えることを教え、残す物にだけ霊力を込めさせる。
もう彼女が出来ることは何もない。
ただ、自分が大切にしたきたものが次に受け継がれていくのを見守るだけ。

「主」
「やあ、蜂須賀。今日も良い天気だね」
真上から降ってきた声に彼女は背を逸らせて真上を見ることで応える。
「・・・どうして、黙っていたんだ」
「言ったら君たちは戦うことをやめてしまっただろう?私はそれが嫌なんだよ」
彼女の初期刀は整った顔を歪ませる。
怒ると怖いんだよな、と彼女は苦笑を浮かべた。
了承も得ずに蜂須賀は彼女の隣に座る。
昨日までは短刀達の笑い声で満ちていたはずの庭は今は静かになってしまっている。
「俺は、俺たちは、主を殺すために戦っていたのか」
「やめてよ、そういうの。どうせ私たちがやらなくても誰かがやってた。あの時審神者にならなかったら今まで生きることも出来ずに死んでたんだから。少しでも誰かの役に立ちたいとか、そういうのを思って審神者やってみたんだよねぇ」
もう少ししたら夏に変えようと思っていた。
1年目の夏、あの頃は蜂須賀と短刀ばかりで色々大変な時期ではあったが彼女にとっては今はそれすら楽しい思い出として彼女の中に残っている。
「結構いるんだよ。私みたいに歴史を正したら消えちゃう審神者」
「・・・・・・酷い主だ」
「ははっ。蜂須賀、人間っていうのは酷く愚かで醜い生き物なんだよ」
知らないのかい?と芝居がかった口調で彼女が言う。
「そうだね。君のようにどうしようもなく愚かで・・・そうだ、愚かなくらい、まっすぐだ」
思わぬカウンターに彼女は笑い声を上げて後ろに倒れこむ。
「私の存在が消えると同時に、君たちの記憶も消えてくれればよかった。けど、私の霊力は記憶保持のタイプでね。・・・私が消えて、私が存在した痕跡がなくなっても私が顕現した君たちには私の記憶が残ってしまう。だから私は同じタイプの彼を後任として選んだんだ」

本当に酷い人だ。

蜂須賀の絞り出すような声に、彼女は答えずに目を閉じた。

実質の主が後任の青年になってからも、彼女は変わらずに生活していた。
私物は彼女の消滅と同時に消えるからと放置させ自分が顕現させた刀剣達が青年と仲良くなろうと話すのを見て嬉しいのと同時に少しだけさみしさを感じる。
2日、3日と経つと彼らも諦めがついたのかなんなのか、青年に対して冗談を言えるようになっていた。
それと同時に短刀達は遠征先で詰んできた花や綺麗な石といったものを彼女に贈るようになった。
ふふ、と彼女はそれを見て微笑む。彼女が消えればそれらも共に消えていく。
一緒に消える物が増えるのが少しだけ嬉しい。
燭台切や歌仙と言った厨のメンバーは彼女を思い切り甘やかした。
自分の好物ばかりが並ぶ机に苦笑を浮かべたりもしたが嬉しいからと厨メンバーを逆に甘やかす。
けれど、彼らは彼らなりに青年を主と仰ごうと必死になっているのも知っていた。

「ねえ、後輩や」
「何ですか、先輩」
「私が消えた後で、もしも刀解を望む子が居たらよろしく頼むよ」
「・・・」
青年は彼女の言葉に唇を噛む。
「刀解っていうのは破壊と違って殺すわけじゃない。しかるべき手順を踏んだうえで本霊へと彼らを還す行動だ。ごめんよ、こんなこと頼んで」
「・・・いえ、大丈夫です。先輩が背負ってきたもの、少しでも俺が背負えるようになりますから」
「つくづく私は仲間にも後輩にも恵まれたもんだ」
笑って彼女は酒を仰ぐ。
なんだか、そうしないと泣いてしまう気がした。


最後の夜だった。
彼女の金を使って大量のご馳走とお酒を頼んでみんなでどんちゃん騒ぎをする。
別れ際にしんみりするぐらいなら騒いで送って欲しいという彼女の頼みだからだ。
度数の強い酒もあったせいか全員が全員酔い潰れて大広間で眠ってしまっている。
「楽しかったなあ」
ふふ、と彼女は笑うと立ち上がり素足のまま庭に出る。
憎いくらいに満月は美しい。
「もう行くのかい」
「んー、そろそろだと思うんだよねぇ」
薄紫の髪が月明かりで美しく輝いている。
「私さぁ、初期刀に蜂須賀を選んだ時に失敗したって思ったんだよね」
「・・・はあ?」
ドスのきいた低い声に彼女は苦笑を浮かべる。
「勿論今は最高の刀を選んだって思ってるよ。でも君は真(まこと)であることを誇りに思っている刀だから、私が偽物の人間だと知られたら君に愛想を尽かされるんじゃないかと思っていたんだよ」
それがとても怖かったんだ、と小さな声で付け加える。
「バカだな、君は」
「そうだよ、私はバカなんだ。死期を早めるために戦ってるくらいの馬鹿野郎さ」
蜂須賀はくすりと笑って、そして真剣な表情で彼女を見つめた。
「君が消えると聞かされたあの日から、君を隠してしまえばいいんじゃないかと考えたよ」
「へぇ、蜂須賀でもそんなこと考えるんだね」
「バカにしてるのかい?」
「そんなことはないよ」
今から消えるとは思えないいつも通り過ぎるやり取りに彼女は笑みを浮かべた。
「けど、そんなことをしても君は喜ばないだろうと、そう、思ったよ」
「だね。神隠しなんてしようとしたらその瞬間後輩に頼んで即刀解してたわ」
「君らしいよ」

「ねえ、蜂須賀」
「・・・・・なんだい」
もう彼は彼女を主とは呼ばない。
それが何を意味するのかを察して彼女は嬉しそうに口元を緩めた。
「一つだけ我儘を言っていいかな」
「こんな時まで謙虚だね、君は」




「どうか、君が本霊に還るその日まで、私を忘れないでいてほしい」




瞬間、シンと静寂が場を支配する。

「それだけ、それだけでいいんだ。私が存在した事を、君を呼んだ事を、バカやって怒られた事を、重傷のみんなを見て泣いた事を、無茶をして怒った事を、みんなと一緒に笑いあった事を・・・どうか、最後のその時まで、ほんの少しでいい。覚えていて」

ふわりと風が吹く。
ああ、これで終わるのか。何となくそれを察してしまう。

「ああ、もちろんだ。約束するよ」

風が吹き上げて蜂須賀は思わず目を閉じる。
ゆっくりと目を開いた時、もうそこには誰も居なかった。





「やあ、おはよう」
「あ、蜂須賀さん。おはようございます」
青年は頭が痛むのか頭を抱えている。
「・・・先輩は」
「行ったよ」
「そうですか」
短い間だったというのに目の前の青年は随分と彼女に懐いたようだ。
「君には初期刀は与えられるのかい?」
「いえ。一応俺は本丸の引継ぎとなってますので初期刀は」
大広間。ポツポツと仲間たちが起き出す。
「そうか・・・なら、俺を君の初期刀にしてくれ」
「え・・・いいんですか!?」
自分で出した大声が響いたのかうめき声をあげて畳に倒れ伏す。
「蜂須賀さん・・・」
乱を筆頭とした短刀たちが彼を見る。
「俺は彼女からこの本丸を託された。そして彼女は君をこの本丸の主として任命したんだ。彼女の意志を汲み君を主として戦い続けるのが俺の役目だ」
「・・・分かりました。先輩と比べて俺はまだまだ未熟です。どうか、よろしくお願いします」





季節は巡っていく。
彼女が好きだと言っていた梅の木にはいつも何かしらが置かれている。
例えば遠征先の花だったり、例えば彼女が好きだったものだったり。
「やあ、主。昼間から酒盛りとは感心しないな」
「いいじゃないか蜂須賀。今日は休みだぞ?お前も飲めって」
主の言葉に彼はまったく、と文句を言いつつも彼の隣に腰掛け御猪口を手に取る。
「・・・俺が来るのが分かっていたのかい?」
自分専用のそれを見て蜂須賀が言えば主はまあね、と笑う。
「だって、今日は彼女が帰った日だから」
「そうだね」
あれから何振りもの刀剣が増えてこの本丸もにぎやかになった。
「忘れないよ、俺は」
主の呟きに蜂須賀は、俺もさ、と答えた。

ひらり、梅の花びらが落ちて行った。