長男審神者は体術を教える
「と言う訳なので今日はよろしく、天菜さん」
ニコリと笑うと本日の仕事相手であるブラック本丸対策部の天菜さんはこちらこそと言ってお辞儀をする。
「おい、お前のその胡散臭い笑みはどうにかならないのか」
相棒のまんばちゃんが耳打ちしてくるが無理、と小声で返す。
おっさん素直だから笑顔作らないと無表情よ?女の子を怖がらせる趣味はないよ?
対策部のボスこと我が親愛なる伯父上からの依頼で今日は天菜さんがこの本丸の浄化をするのを護衛することとなっている。
「じゃあまんばちゃん先頭。ここの奴らと出くわしたら鎮圧お願い。殿は堀川君と和泉守君どっちにする?天菜さんは真ん中に居るように」
「では僕が殿を務めます」
「オッケー。なら天菜さんの前を俺、後ろを和泉守君でいいか?」
「構わないぜ」
はっはっは、この「お前は信用してないぜ」オーラがいいよな!
一列になり土足のまま薄汚い廊下を歩いていく。
まあ人間の俺が言うのもなんだが、人間は欲深い生き物だ。
掃除もされず穢れも祓われず。怨霊の巣窟となった本丸を見て思う。
「お、第一村人発見」
「・・・何で突然にダーツの旅なんだ」
あの番組凄いよな、司会者が変わっても続いてるんだぜ?田舎の年寄ってなんであんなに面白いんだろうな。
穢れで正気を失っているのか山姥切国広は本体を抜いて斬りかかってくる。
「まんばちゃん抜刀禁止なー」
「ちっ」
舌打ちしながらも俺がそういうのが分かっていたのか、まんばちゃんは素早く相手の懐に潜り込み刀を叩き落とす。
そのまま組み敷いて許せ俺、と言いながら容赦なく肩の関節を外す。
言葉を出せないながらに痛みが走るのか黒山姥切は脂汗をかきながら身悶えている。
「後でまとめて浄化してやっからなー」
パンッと柏手を打ち強制的に顕現解除を行う。
「それで天菜さん。この本丸での中心は?」
「・・・出来れば、鍛刀部屋が望ましいです」
「オッケーオッケー。見取り図はあるしちゃっちゃか向かっちゃおうか」
その後の仕事は早い。襲い掛かってくる刀剣男士はまんばちゃんが関節技で沈めてしまうので怪我の心配もなく鍛刀部屋から本丸の浄化を執り行う。
ボスの大事な部下なので怪我を負わせるわけにはいかない。俺が殺される。
まんばちゃんの体術で出番を奪われている後ろ二人はぽかーんとした顔をしている。
うんうん、分かるよ。
何で刀の付喪神が拳で戦ってるんだよって思うよな。
でもこれも勝つためには必要なんだよ。
勝てば官軍負ければ賊軍。
必要なのは勝つという事実であって、過程ではない。・・・とはいえ刀で戦わないというのは彼らのアイデンティティの喪失に関わるのであくまで刀を使うことが出来ない状況や室内戦で相手の不意を打つ為のものである。
俺の本丸では全員に体術を教えている。
内番の手合せは「剣術」と「体術」に分けている。
こうすることで体の使い方も覚える、相手の急所も覚える、刀を抜くことが出来ない場合でも戦える。
天菜さんの浄化能力は本当に素晴らしく、鍛刀部屋で祝詞を唱えるとあっという間に穢れが吹き飛んでいく。
ただ、刀剣達はもう顕現しても無理だろうという事で天菜さんには及ばないが一緒になって一箇所に集め、浄化の祝詞を唱える。
後はまとめて浄化部にお願いをするしかないだろう。
「意外とすんなりと終わったな」
「今回まんばちゃん無双だったもんな」
お疲れさんと声をかけると照れたのか布を引っ張って顔を隠してしまう。
こういう所見ると弟扱いしたくなるというか、息子扱いしたくなるというか。
初期刀ということもあってやはり他の刀剣達より少々贔屓目になってしまっている・・・のは事実だ。
「お願いします、僕を弟子にしてください」
さて、帰るか。
そんなことを考えていたおっさんの耳に飛び込んできたのは、頭を深々と下げた堀川君の声だった。
とりあえず天菜さんと和泉守君を政府宿舎に帰した。というか二人しか帰ってくれなかった。
堀川君は俺の執務室で正座をして体術を教えてほしいとまた頭を下げる。
「いやさ、君自分が何か分かってるよね?刀だよ?刀の付喪神だよ?教えておいたおっさんが言うのもなんだけど体術は君たちが覚えるべきものではないからね?」
「分かっています。けれど今日、兄弟・・・一哉さんの山姥切国広を見て思ったんです。僕はもっと彼女を守るための術を身に付けなければならないって。刀としての本分に反してでも、僕は彼女を守りたいんです」
黒本丸対策部の人間の過去を詮索するべからず。
まともな人間たちの暗黙の了解だ。
あそこに配属される人間は何らかの問題を抱えている者か、裏切られた者たちが多い。
だから俺が天菜さんの過去を調べるのはご法度だ。
いいや、禁じられているわけではない。ただ、触れてはいけない物があるというだけの話だ。
「・・・いいんじゃないか?」
「まんばちゃん!?え、ちょ、マジで!?」
君たち兄弟本当に仲良しだよなぁ。
「オッケーオッケー。堀川君の『仕事』が無い時はここに泊まり込みで体術訓練を受けてもらって構わない。ただし泊まり込みだからお客さん扱いはしない。それなりに内番やら掃除やらの雑務は手伝ってもらう。これでどうだ?」
「はい、構いません」
その海のような瞳に宿っているのは確かな意思だ。
あ、こいつか、さにちゃんで言われる亜種堀川。
近侍のまんばちゃんに後の事は任せ、仕事に戻る。
うちの堀川と区別を付けるために天菜さんの堀川君略して天川君は天菜さんの仕事が無い日は毎日のように体術の稽古を誰かしらに申し込んでいた。
刀種は関係ない、短刀達のように小柄ですばしっこい相手も、太郎太刀相手にも彼は果敢に向かい教えられた事を吸収していく。
「おっす、天川君頑張ってる?」
「一哉さん。皆さんのおかげで少しずつですが形になってきました」
仕事も一段落ついたため道場に顔を出す。
「主聞いてよ!天川さんすっごいんだよ!僕達が何年もかけて教わってきたことあっという間に覚えちゃったの!」
「油断してると一本取られてしまうんですよ。負けてられません!」
乱と秋田が興奮した様子でそう報告する。
先日は太郎太刀相手に投げ飛ばしたという報告も聞いた。
体術に関しては基礎知識は与え、覚えさせているがその後どうするかはこいつらに任せている。
はっきり言ってしまえば体術は刀剣男士には必要がないものだ。
それでも俺はこいつらにそれを教える。生き残るための策は一つでも多い方がいいものだ。
どれだけ傷付こうが襤褸になろうが、生きてさえいればいい。勝ち残ればそれでいい。
これが戦争だ。こいつらが命をかけて戦う分、俺は命をかけてこいつらが勝つ為の努力をする。
これが、俺の審神者としてのやり方だ。
「んじゃあ天川君、おっさんと少しやろうや」
「え・・・え・・・!?」
人間VS刀剣男士なんて大丈夫なのか、とそれが言いたいのだろう。
ごめんね、おっさん若いころはやんちゃしてたの。
「天川さん気を付けて!主様は卑怯な事平気でするから!」
「おいやめろ乱!俺が卑怯者みたいだろ!」
否定は出来ないんだけどな!!
俺が出来るのは喧嘩だ。勝つことを目標としているので卑怯っちゃ卑怯か。
体術に触れたばかりの天川君はやんちゃ歴○○年のおっさんには攻撃を当てることは出来ない。
「天川君、相手を倒そうとするだけじゃダメだ。こういうおっさんみたいな卑怯者が相手なら、無理にノックアウトに持ち込まなくていい」
「つまり・・・」
瞬間、天川君の姿が目の前から消える。癖でその姿を追おうとした俺の首に木刀。
「・・・こういうことですね」
「正解」
乱の木刀を手で払いのけながら言う。
「これはあくまで攻撃の一手段だ。刀剣男士としての本分は忘れちゃいけない。卑怯者相手に正攻法なんざやる必要はない。要は勝てばいいし、自分の目的を果たせればいいんだ」
主人が違う刀剣男士の即席チームにしてはタイミングもばっちりだ。
天川君は、微笑むと有難うございました、と頭を下げた。
―――
本丸の主が去った道場ではまた手合せが始まっている。
最近は夜戦が多いからと短刀と脇差勢がメインで出陣をしているせいか戦大好きな同田貫や御手杵は物足りないらしく内番が無い日は毎日ここにやってきている。
「一哉さんはどうして皆さんに体術を教えてるんですか?」
休憩にとお茶をちょっとした甘味をつまみながら天川は乱と秋田に尋ねる。
「うーん、主様はちょっと変わった人だからなぁ」
「ちょっとっていうかとっても変わった人です」
ボスの甥っ子だという事は聞いている。あのボスも中々に掴み所がない好々爺だ。とにかくあの親類周りは変わり者が多いらしい。
「ある日主が言ったんだ。本体を奪われた状態でお前たちはどう戦う?って。僕達には答えが分からなかった。だって僕たちは刀剣男士だもん。刀で戦うのが当たり前だから」
「でも主君はそんな当たり前は捨てろって言うんです。どれだけ怪我をしようが折れなければいいって。卑怯者になっても生き残れって。それから主君は僕達に基本的な護身術を教えてくれました」
一哉という男は他人嫌いで気難しいとボスが言っていたのもあり、最初はそう思っていた。
初期刀である護衛の山姥切しか信じていないという顔。天菜を守るのは仕事だということと伯父の部下だから。
そう言った感情が見え隠れしていたし、彼自身隠す気もないようだった。
いっそ清々しいほどの感情に逆に感心してしまうほどに。
けれど弟子入りをして分かったのは、彼は懐に入れた相手には優しいという事だった。
ここの兄弟にそれを伝えたら三人して笑って「伝えたらヘソを曲げるから言うんじゃない」と言われたのだ。
ここの堀川国広も笑っている。何だか天川にはそれが嬉しいことに感じられた。
自分たちは「意思を持った物」である。
彼は、それを尊重してくれている。
幸せなんですね。天川がそう言えば、二振りの短刀はもちろんだと笑って答えた。