1.性癖<食欲
「僕は燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ」
「へー、切れ味抜群だね、凄いじゃん。よろしく!」
その後に続くはずだった自己紹介を遮って審神者がへらっと笑う。
なるほど、この女性が自分の主なのかと燭台切は審神者を見つめる。
キリッとした意志の強そうな瞳がとても好印象だ。
「うん、よろしくねぇっ!?」
挨拶の途中で急に腹を触られれば誰でも驚くし変な声も出るだろう。
「おんしゃあ、相変わらずじゃの」
「みつ君がっちりしてるから触りたかった!」
女の子ってこんな風だったっけ?
「とにかくよろしくねー!」
ニコッと笑う審神者に、なんとなくで燭台切は流された。
3日して、彼は知った。
『あ、この子普通の女の子じゃない』
体力も行動力も普通の女の子とは違う。男とも違う。
「主は性別が「主」だからのー」
半分目が死んでいる陸奥守。
どこにそんな体力が潜んでいるのか、畑仕事を終えた後に短刀たちと鬼ごっこをし、その足で厩へ向かったかと思えば執務室へ。
そして3日かけて学んだこともある。
審神者の好みは筋肉質ながっちり体系の男性だという事、と
「あ、触ったら今日のお八つは抜きだからね?」
「なん・・・だと・・・」
流石にお八つには敵わないという事。
鮮やかなピンク色をした苺大福を目の前に審神者は諦めた。
そして短刀達と並んでおやつを食べた。
「僕がおやつで釣ればさ、陸奥守君たちの被害も減るよね」
「世話かけてすまんのう」
ここの審神者も食欲には敵わない。
2.きつねとおんな
「お疲れ様ー」
「おう、大将もお疲れ」
本日の演練会も良い勉強になった。走り書きで黒くなったメモ帳をカバンにしまいながら審神者は薬研と一緒に店へ向かう。
「きょーうのおーやつはー・・・よし、カステラだ!」
甘いカステラと渋茶の組み合わせ最強、と言いながらカステラの箱を籠に入れていく。
「お、小狐丸だ。珍しいね」
「ああ、そうだな」
ふとその小狐丸が振り向き、審神者と目が合った・・・瞬間飛び跳ねた。
「何!?」
「ど、どうした小狐丸!」
その小狐丸の主らしき男が慌ててガタガタ震えだした彼を宥め始める。
「あのー、大丈夫ですか?」
審神者が恐る恐る声をかけると男はありがとうございます、と言いながら眉を下げる。
小狐丸は審神者の顔を見て震えている。
「私には小狐丸の知り合いはいなかったはずなんだけど」
「兄さんたちの所・・・とも違うしな」
あるぇー?と口を3の字にする審神者。そこで薬研があ、と声を上げる。
「この小狐の旦那。大将が前に摘発したぶらっく本丸の旦那じゃないか?」
「え・・・貴女もしかしてスレッドで妹って呼ばれてた?」
男が目を丸くする。
「あー!あの時の小狐丸か!」
ようやく思い出したのか審神者はポンッと手を鳴らす。
「どうもどうも、その妹です」
それなら怯えられても仕方ない。
「何だアンタもきちんとしたところに引き取られたんじゃない、よかったね」
スッと手を伸ばしたらキュンキュン鳴きながら下がられた。
「・・・解せぬ」
「そりゃあ大将のあれ見たら怖くもなるだろ」
「何もしてない人殴るほど私だって性格悪くないわよ!殴るなら悪い奴殴ってすっきりするっての!」
うちの薬研が酷い、と審神者がぶすくれていると怯えの表情を見せているままだが小狐丸が口を開く。
「・・・三日月は」
「お?」
「三日月は、どうしておりますか」
ああ、そういえば同派の刀だったか、と審神者は狐の赤い瞳を見つめる。
「内番やったり短刀達と茶ァ飲んだり元気にやってるわよ。ついでに鶴じいも毎日元気に驚きを提供してくれてるわ」
そう答えるとようやく小狐丸はほっとしたような顔になる。
「三日月とアンタは同派なんだもんね。そりゃ心配もするか」
「あの本丸で一番被害を受けていたのは三日月でした」
審神者は一歩踏み出すとびくっと震えた小狐丸の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「忘れられないのかもしれないけど、もうとっとと忘れなさい。アンタには今、きちんと心配してくれる主が居るんだから」
その言葉で漸く憑き物が落ちたかのような顔になる小狐丸。
「いや、すいません。本当にあの妹さんだったんですねぇ」
「まぁ一応スレじゃ妹って名乗ってました」
小狐丸が落ち着いたところで二人と別れて帰路につく。
「大将は色々気を付けろよ。付喪神ホイホイなんだからな」
「人を害虫退治用のアレみたいに言うなよ」
3.審神者「流石にこれは知りたくない」
「えー、今日みんなに集まってもらったのには理由があります」
短刀を除く現在本丸にいる刀剣たちが広間に集められている。
「主殿?一体何があったのでしょうか」
一期の声に審神者が大きくため息を吐いて横に置いてあった茶色い紙袋を取る。
「本当はね、こういう風に集めたくはなかったんだよ。持ち主が分かればそっと返すつもりだった。でも分からなかったんだ」
沈痛な面持ちでそう言葉を吐く審神者の顔色はあまりよろしくない。
珍しいその表情に普段審神者に対して軽口をたたいているような青江や同田貫ですら口をつぐんでいる始末だ。
「怒らないから持ち主は名乗り出なさい」
紙袋から取り出されたそれを見て広間に動揺が走った。
大人のDVD(オブラート)。
しかも結構マニアックな方面のものだ。
「あのさぁ、広間掃除してる時にこれ発見した私の気持ち分かる?かなり動揺しちゃって一緒に掃除してた秋田君に「主君、大丈夫ですか!?」って心配されたんだよ?薬研ならともかく秋田君みたいな純粋な子にこんな一部の性癖の人が喜びそうなブツ見せられる?慌てて隠してなんでもないよって言ったんだよ?むしろ発見したのが私でよかったよね。秋田君にこれ見られたら私の物じゃないのに私が死にたくなるよ」
淡々とそう審神者が言うと向こうで一期が崩れた。その反応を見て「あ、いち君の持ち物ではないな」と冷静に判断する。
「うーん、この状態で名乗り出られると思う?」
青江の言葉に審神者はため息を吐く。
「まぁ・・・出られても困るかな。流石にこれは知りたくない。出来ればノータッチで行きたかった」
お通夜会場のようになった広間。
「あのね、私には分からないけど、男の人なら・・・まぁ、こういう物も持ってると思うし不思議ではないと思うのよ。給料は好きに使っていいっていうのがうちの方針だしね?だけど・・・」
そこまで言って審神者は拳で畳を殴る。
「楽しむなら部屋でやってくれ・・・広間に放置すんなよ・・・」
「ああ、場所が悪かったね、これは」
「お前の?」
「いや?」
クスクスと青江が笑う。
「いっそこの場で持ち主を暴いてみる?」
「後々のダメージでかそうだから止めておく」
とりあえず肌色多めな女性のパッケージは審神者のHPと精神をゴリゴリ削っていくので無言で紙袋にしまう。
出来ることなら今すぐこの場でこの卑猥なブツを破壊してしまいたい。
誰かハンマー持って来い、というのが審神者の心の声である。
「はい!これだけ!解散!これはとりあえず厩近くの縁の下に置いておくから持ち主はきちんと部屋に戻しておくように!3日後にまだあったら貴様ら全員の部屋からエロ本とAV回収するからな!!4人兄貴持った妹の探索能力ナメんじゃねえぞ!!」
持ち主は誰かは分からなかったけれどきちんと回収はされてました(by審神者)
4.彼と小さな髪飾り
「はい!演練お疲れ様でした!」
いずれやってくる夜戦に備えて今日のメインは短刀の練度上げであった。
部隊長に蜻蛉切、副部隊長に次郎太刀。そして秋田、五虎退、前田、厚の粟田口組。
「ちょっと兄貴からお使い頼まれてるから会場内なら自由に見て回ってていいよ。何かあったら渡した防犯ブザーを直ぐに鳴らすこと」
粟田口の4人がはい!と声を合わせる。
大した額ではないがお小遣いも渡しているので好きなものを買ってくるだろう。
「お使いって何かあったの?」
「演練場の中にパワーストーン・・・えーっと、天然石のお店があってね。義姉さんと姪ちゃんに渡すプレゼントを注文したんだけど向こう今色々立て込んでるらしくて代わりに取りに行ってくれって」
次郎太刀と蜻蛉切は審神者についていくことにしたのか彼女の後をついて歩く。
「えーと、ここか」
「ああ、確かにこれは・・・」
鉱石には力が宿る物だが、ここの主人はそれを引き出す能力に長けているのだろう。
審神者は好きに見てていいよと二人に言ってから店の主人に声をかけに行く。
「あら、乱ならこういうの好きそうねぇ。加州はこっちかしら」
時たま審神者がどこかへぶん投げてしまう女子力の持ち主は楽しそうにアクセサリー類を見ている。
そこで蜻蛉切が何やら熱心に見ているのを発見する。
「へぇー、いいんじゃない?コレとかあの子によく似合うわよ」
紫水晶・・・アメジストと呼ばれる鉱石だ。
「次郎殿・・・自分はこういった装飾類がよく分からないのだが・・・」
「ふっふーん、そこはこの次郎さんに任せなさいな」
はーい、今日は一日お休みです!
朝餉が終わってからの審神者の宣言は、ままあることだ。
刀剣男士ごとの休みはローテーションで取らせるようにしているが、時々丸一日本丸ごと休みになることがある。
大抵審神者が疲れで発狂した時か、上からの無茶ぶりでせっぱつまっている時が多い。
今回は前者のようで疲労の色がにじみ出ている。
このまま放っておくとストレス発散と称して暴走しそうだ。
主もいいから休みなよ!と総出で審神者を部屋に押し込める。
審神者の部屋は特殊な結界が張られており、入室には審神者かこんのすけの許可がいる・・・のが通例だが、この審神者、普段は結界を解いている。
仕事があれば急ぎだろうからという理由だが現在は休憩中。がっちりと結界が張られている。
もう一つ結界を抜ける方法はある。それは審神者と刀剣男士の特殊な契約だ。
審神者から直接結界を抜ける呪をかけてもらうなどの方法があるがその一つとして契りがある。
蜻蛉切は音をたてないようにそっと障子を開ける。
相当疲れ切っていたのか布団の中で体を丸め泥のように眠っている。
ゆっくりと頭を撫でると彼女の口元がへにゃりと緩む。
彼は持ってきた本を開き読み始める。
庭からは短刀達がはしゃぐ声が聞こえる、いつもと何ら変わりのない平和な本丸だ。
日が高く上った頃寝ぼけ眼の審神者がもそもそと起き上がる。
「・・・どのくらい寝てた?」
「3時間ほどでしょうか」
マジか・・・と呟きながら審神者は欠伸を噛み殺す。
そのまま緩やかな動きで立ち上がると奥の部屋にある簡易キッチンの水道で軽く顔を洗う。
「あー、よく寝た。このまま書類に殺されるかと思った」
「はは、ご冗談を」
戦争中とは思えない程の穏やかな時間だ。
「・・・あかり」
「うお!?え、何?どうしたの?」
名前で呼ばれる等全然想定していなかった審神者が驚いた声をあげる。
「その、これを貴女に」
「・・・え?何・・・あ、ヘアピン」
渡された紙袋の中に入っていたのは一つのヘアピンだった。
金色の台座に紫色の小さな天然石がくっ付いている。
「あ、これもしかしてあの店の?」
「はい、その、貴女に似合うかと思いまして・・・」
顔が赤い蜻蛉切を見て審神者はうへへ、と絞まりのない顔で笑う。
「大事にする。ずーっと大事にする」
そんなヘアピンが近い将来審神者とこの本丸を守ることとなる。
5.粟田口事件
広間に集められたのは刀派「粟田口」の面々である。
ふう、と息を吐いた審神者は真剣な表情で口を開く。
「では粟田口会議を開く」
一期が膝の上で拳を握りしめた。
「じゃあまず現在集まってる刀剣・・・いや、いない刀剣を数えた方が早い」
骨喰藤四郎。
鯰尾藤四郎と同じく元薙刀の現脇差。藤四郎の名が示す通り粟田口の刀である。
「なんでだよ!巷じゃ一期一振こねえよ!っていう難民が多いのになんでうちは骨喰難民!?どこに行ってもでないよ!!」
「きっと骨喰の奴照れてるんじゃないですかね!?」
「そうか!君の兄弟は可愛い奴なんだな!」
粟田口程ではないが審神者も兄弟が多い身であるため出来る限り早く彼らを会わせてあげたいと頑張った。
骨喰の憑代を拾うことが出来る時代に多めに出陣してみたり、さにちゃんで上げられた脇差レシピを試したり(その時にやってきたのが平野だった)。
しかし、来ない。
今日の出陣ももちろん骨喰の憑代探しである。
「・・・と言う訳でだ、私としては兄弟みんな揃わせてあげたいわけよ。でも・・・」
「来ないな、骨喰」
薬研の言葉に広間に沈黙が落ちる。
「・・・ってわけで!出陣メンバーを変えるわよ!いち君、ずお君、君たちのが見た目年上なんだからしっかり率いるように!」
「お任せください、主殿」
「まっかせてくださいよ!」
一期部隊と鯰尾部隊にも骨喰の憑代が発見されている時代へ出陣してもらい、残った粟田口メンバーには近侍として鍛刀をしてもらう。
そうしてしばらく経った頃だった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ずお君」
「ええ、主さん」
骨喰藤四郎の憑代である。
普段はおとなしい五虎退や、ロイヤルなどと言われている一期までもがガッツポーズを取る喜びようである。
皆が皆、涙目だ。来る日も来る日も骨喰は来ない。鯰尾鯰尾堀川鯰尾。
とうとう審神者も「おんなじ憑代なんだからお前が食っておけ!」と鯰尾に鯰尾を錬結し始める始末。
しかしそんな日々も終わりを告げた。
人型を取るのだ。楽しんでほしい。
「あの・・・みなさんお喜びの所大変申し訳ないのですが」
そろり、こんのすけが一枚の紙を審神者に差し出す。
そこに書かれていたのは新たな刀剣が発見されたという文字。
その名は
「博多・・・藤四郎・・・?」
審神者と一期は無言で見つめあったかと思うと頷きあう。
「皆の者おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!大阪城攻略じゃああああああああああああああああああああああああああ!」
「主殿に続けえええええええええええええええええええええええええ!」
「・・・って言うことがあってばみ君と博多が来たわけですよ」
「鯰尾がバカやってるのは分かった」
「疲れてると碌な事考えんたい」
新たな仲間の言葉に審神者はてへっと苦笑して見せた。