1.アイドル戦争


「やっぱさ、女の子の良さは胸の大きさだけじゃないと思うんだよね」
ある日の大広間。審神者がそう言い放つ。
円になって座る彼らの中心には一冊のグラビアアイドル雑誌。
「いや、やっぱ無いよりはあった方がいいだろ」
それに反論するように声を上げたのは和泉守。
ふっと審神者が笑いをもらす。
「やはり貴様は巨乳信仰か・・・!」
やれやれとばかりに審神者は手を額に当て首を振る。
何か今のにっかり青江っぽかったな、と安定は思ったが、思うだけにしておいた。
言ったら吹っ飛ばされそうだったので。
「やはりってなんだよ!やはりって!」
「何か第一印象でおっぱい大魔王っぽそうだなって思ってた」
さらりと言いのける審神者は、女だ。

そこで青江を除いた皆が「あれ?主って女じゃなかったっけ?」と思った。思うだけだった。
口開いたらなんか怖そうなんだもん。

「じゃあ君は何が大事だと思うんだい?」
心とか言わないでよ、と青江に釘を刺され審神者は顎に手を当てる。
「んー、私は胸より腰派かな」
腰から足にかけてのラインが最高ですと真顔で続けられれば頷くほかない。
「それは俺も思うけど。胸だけ大きくても全体が取れてないとさ」
清光の言葉に審神者はでしょ!?と嬉しそうに笑う。

女だよね?

という空気にはなった。
「僕は首の線が好きかな」
「ああ、よく首落ちて死ねって言ってるしね。やす君って首フェチなの?物理的に」
「違うよ!?」
物理的な首フェチってなんだよ。ツッコみたい。
「・・・っていうか何でお前が混じってるんだよ」
和泉がようやく審神者の存在にツッコみを入れる。
「え?何でってその雑誌回収して来いって兄貴に怒られたから」
以前女の子不足と(兄貴から勝手に借りた)アイドル雑誌を青江に奪われ、さらに勝手に持ち出したことを四男に怒られたため回収しようとしたところ面白そうな話をしていたので乗り込んだ。
それだけの話だ。

「あ、それで首と言えば」
「待って主」
流石に清光も止めた。さっき腰派で盛り上がったがそういう意味ではない。
「何でサラッと紛れ込んでるの?」
「面白そうだし。私も可愛い女の子は好きだからね!後その本返して」
決して百合的な意味合いではない。彼女の異性の好みはガチムチである。
「僕は君が女の子と絡み合ってるのも面白いと思うけどね」
「青江。アウトー」
200年くらい前のバラエティ番組(某笑ってはいけないアレ)っぽく言って青江の頭に手刀を入れる。
「酷い主だよ」
まったくもって効いていないのだろうクスクスと笑いながら青江が言う。
「こいつ顔は良いのに何で頭が残念なんだろうね」
「主がそれいう?」
清光のツッコみスキルも上がってきている。残念な上司を持つと大変なのは部下だ。
「とりあえずこれは回収していくから」
ぶーぶーとブーイングが上がるがこっちも死活問題なのだ。
給料出てるんだからそれで買えとしか言いようがない。
「大体これ兄貴の私物だし」
「経費で」
「落ちるわけねえだろアホ青江」
手刀二回目。

結局そのあとどこフェチかという話で盛り上がって、全員まとめて燭台切に怒られることとなったいつもの本丸風景でした。

2.悪戯合戦


障子が微妙に空いている。
ああ、外が良い空気だな、と審神者は一瞬現実逃避をしようとするが微妙に空いた障子の隙間には黒板消し(何処から入手したんだろうか)。
審神者はフッと微笑み一歩下がったところから開ければぽふんと軽い音を立てて黒板消しが畳の上に落ちる。
「はっ!こんな見え見えのにひっかかr」
黒板消しが落ちたのを確認し一歩踏み出した審神者は顔面から地面にダイブした。
見えない糸に足が引っかかったのだ。
縁側の幅が足りなかった。・・・そう、庭へ、だ。
「はっはっは!そんな簡単に行くわけないだろ!」
内番衣装の鶴丸の高笑いを地面に伏したまま聞いた審神者のちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!という雄たけびが響く平和な本丸です。


「大将ひでー顔だな」
薬研に塗り薬を塗ってもらいながら審神者はぶすくれた顔をしたままだ。
「くっそう・・・今日こそ乗り切ったと思ったのに・・・」
一体どこから知恵を仕入れてくるのか。ブラック本丸から引き取った鶴丸は今日も元気に驚きを提供し続けている。
短刀が泣くからやめろと言っても止めないので審神者直々に彼を驚かしにかかった。・・・もちろん逆効果だったが。
それから鶴丸が出陣、遠征で居ない日以外はほぼ毎日のように悪戯を仕掛けあうようになった。
「馬マスクは前にやったし・・・次はどうしてやろうかしら・・・」
「止めるっていう選択肢はないのか」
飽きれたような薬研が救急箱をしまう。
「だってやられっぱなしってムカつくじゃない!」
そういう問題ではないとは思うが目の前の審神者は違うらしい。
女、と言う生き物はもっと慎ましやかなのではないかと思うがここの主を普通の女性と同じくくりにすると色々な方面に失礼だ。
「お、それより部隊が帰ってきたんじゃないか?」
旦那もなー、と薬研が茶化すように言うと審神者はうるさいな!と頬を膨らませる。
こうしていると女性らしい所もあると言えなくないがいかんせん中身が物理特化なのでこれ以上茶化すのは止めておこう。
刀装と共に本体(刀)が傷つきかねない。
「みんなー、おかえr」
おかえり、そう言い終える前に審神者の目の前に何かが飛び出した。
白いそれが何かを認識するよりもはやく審神者の裏拳が飛んだ。
きゃあああああ!と珍しく女の子らしい悲鳴を上げる審神者、空を舞う白。
「ああああああああああ、蜻蛉切いいいいいいいいいいいい!なんか!今何か居たあああああああああああ!白いのおおおおおおおおおおお!!オバケ!?あれオバケなの!?!?」
半泣きで蜻蛉切にすがりつく審神者は珍しく混乱しているらしい。
嫁の尋常ではない混乱ぶりに蜻蛉切も若干混乱しつつ審神者を宥める。
「い、今のは一体・・・」
白い物体が飛んで行った方を見て、その場にいた全員の声があ、と重なる。

鶴丸国永(中傷)。

「お前かよ!何なんだよ!!あーもー、まとめて全員手入れ部屋叩き込め!」
涙目のまんまそう言い放つ審神者。出陣組で怪我をした人はとんだとばっちりだ。

ちなみに手入れ部屋から復活した鶴丸は
「あそこで拳が出るとは驚きだな!」
と一切反省していないとかなんとか。

3.月と審神者の話


演練会に三日月宗近を連れていくと非常に居心地が悪い。
物理的な女子力と無意味に強い精神力を持った審神者も周囲からの羨望の眼差しを受け続けるのは非常に苦痛だった。
後くっそめんどくさい。
普段の近侍はほぼ蜻蛉切固定なのだが時折練度の兼ね合いもあって変えることもある。
槍組必須の長時間遠征に蜻蛉切が出かけてしまったので審神者のテンションはダダ下がっているのだが演練会は演練会。
仕事の一つなので仕方がない。
本日のメンバーは近侍が三日月。太郎、乱、一期、同田貫、山伏の6人。
近侍は厳正なくじで選ばれ、三日月が辺りを引いた瞬間審神者は畳に伏した。

彼と鶴丸がこの本丸に引き取られて2か月。

審神者は未だ三日月に慣れることができなかった。
鶴丸とは悪戯合戦の末男友達との間のような友情を築き上げ、悪戯の度が過ぎて二人して正座で説教をされた。
そんなこともあり鶴じいと呼びながらもボケたりツッコんだりという間柄が出来上がっていた。
・・・しかし、三日月は別だった。
何せこの審神者、2か月前の演練会でこの男を殴り空に飛ばしたのだ。
最初ここに来たいと思った時は真面目に「タマ取りに来たのだと」震えまくっていた。
何を思って引き取られ先にここを選んだのかがさっぱり分からないせいで距離感を掴めないでいた。
「はっはっは、主が変わると演練会の風景も違うな」
「もうほんと黙ってくれないかな月じい」
天下五剣。一番美しい刀剣。
確かに美しいとは思うが審神者の好みはガチムチなのでどちらかと言えば今日は同田貫や山伏の腕を触りたい。
異性として認識していないからできる無自覚セクハラなのでもうどうしようもない(主に審神者の頭が)。
そんななので蜻蛉切の腕(ないしは筋肉)を触ろうとすると顔を真っ赤にして後ずさるので、やっぱり審神者の感性が分からない。
「みんなお疲れさまー」
本日の勝ち星は上々。乱の頭を撫でてやると彼は嬉しそうに笑って審神者に抱き着く。
「もー乱ちゃんはかわいいなぁ!」
それに気をよくした審神者も乱を抱きしめる。一見すると百合物件だが無自覚セクハラ娘と男の娘なのでなんだかなー、という感じだ。
「よーし、みんなにお土産買って帰ろうか。何がいいかな」
「僕この前主が持ってきてくれたまかろんがいいなー」
売ってるかなぁ?などと言う様子は女子会さながらだ。

「あの、よければこの後お茶でもしませんか?」

そう審神者に声をかけたのは本日の演練相手の一人だった。
「あー、いや。この後すぐ帰らなきゃいけないんで」

「こいつ顔だけはいいからなぁ」
「主殿はよく声をかけられる」

審神者の後ろの方で小声の会話をしているのは同田貫と山伏だ。
聞こえてんぞ!というオーラを出しつつ審神者は営業スマイルを浮かべる。
彼らの言う通り顔だけ(ここ強調)はいいので声をかけられることも多いがいかんせん中身はアレだ。
審神者側の刀剣たちの心の声は「やめておけ」で統一されている。
しかし男も諦めない。お時間はいただきませんから、少しだけですから。
てめぇ宗教勧誘か何かか?ああ?と若干審神者の機嫌が悪くなったときだった。
三日月が審神者の両肩を背後から掴み、男から引き離す。
「ふむ、確かに主の顔は、美しい。だがこの娘は神嫁ぞ。それでも覚悟はあるのか?」
地味に「顔は」の「は」の部分に力が入っていた。これ絶対殴られたの忘れてないよね。審神者の心の中はブリザード一色だ。もう春なのにね。
ナンパした相手が神嫁だとは思わなかったのか(普通思う訳もないが)男は顔を引きつらせて、お気をつけてーなどと言いながら去っていく。
「主は手はすぐ出る癖に中々押しに弱いのだな」
「わー、根に持ってるよこのじじい」
しかしまぁ悪いのは審神者だ。血が上っていたとはいえアレは酷かった。
「あまり蜻蛉切の心配事を増やしてやるな。主はすぐに無茶をするからな」
「うっ・・・」
三日月にまでバレているのか。
「・・・助けてくれてありがとう。月じい・・・私のタマ取りに来たわけじゃなかったんだね」
「前々から疑問に思っておったが、お前は俺をなんだと思っているんだ」
「怖い人」
即答である。美しい刀だと持て囃されることはあれど、このような扱いは受けた記憶がない。
三日月は喉の奥でくつくつと笑う。
「茶菓子は饅頭が良いな」
「はいはい。じゃあみんなの分の饅頭買って帰りましょー」

道のりは長くとも、少しずつ分かり合うことが出来るのだ。審神者はそう考えながら演練土産の饅頭を持ってゲートをくぐった。

4.酒宴(と言う名のカラオケ大会。除草剤まこうぜ!)


流れるイントロは懐かしアニメのテーマ曲。銀河鉄道999なので懐かしアニメレベルではなくレトロアニメの領域に入る。
ちなみに歌っているのは清光。
審神者はそれを聞きながら「歌めっちゃうまい」と笑い転がっている。
すでに酔っ払いが量産された酒宴で審神者が一言「カラオケやろうぜ!」と発したのがことの発端。
いつの間にやら(経費で落とした)カラオケ機材も運び込まれていたのでみんなもやろうやろうと大騒ぎ。
良心?酒の匂いでどっか行ったよ?
審神者が現世から持ってきたアニメやドラマDVDの影響に毒されているせいかやたら選曲がおかしい。
「清光wwwwwww何でwwwwwww銀河鉄道なのwwwwwwwwwwww」
「確かに銀河鉄道面白いけどさぁwwwwwwwきよ君wwwwwwめっちゃwwwwww歌うまいwwwwwやばいwwwwwwwwww」
安定と審神者は畳に伏して笑いまくっている。ある意味修羅場っている。
「よーっしゃ!次!次誰歌う!?」
んー、と審神者はぴたりと燭台切に目を止める。
「じゃあみつ君とくりちゃんで青春アミーゴ行こうwwwwwwwwww」
オラオラー!と二人にマイクを押し付ける。
もうこの人に酒飲ませたらダメだと思う。そう思って燭台切はやんわり押し付けられたマイクを机に置こうとするが時すでに遅し。
次郎が既に入力済みだ。
巻き込まれ事故の倶利伽羅も酔っぱらっているせいで頭が回っていない。
「やっべ・・・似合う・・・二人めっちゃ似合うよこの曲wwwwwwwwwww」
笑いすぎてむせたのか審神者が畳の上でビクビクし始める。
続いては乱の桃色片思い、そして次郎のね〜え?のまさかのあやや攻めに審神者がとうとう動かなくなる。
笑いすぎ注意。後のみ過ぎ。
しかし突然むくっと起き上がったかと思うと次の指名は燭台切、倶利伽羅、長谷部の三人。
また!?という燭台切の悲鳴はなかったことにされた。
「じゃあ・・・羞恥心で」

またレトロな楽曲を。

長谷部は「主命とあらば歌い上げてみせましょう!」と張り切っているので素面なのか酔っ払いなのかが分からない(が、顔が赤いので多分酔っ払い)。
大倶利伽羅は酔って脳みそ回ってないので審神者の言いなり。
正常な脳みそをしているのは燭台切だけだが、審神者With酔っ払い集団の歌えコールが怖い。
「酒乱はかっこよくないよ!」
審神者の肩を掴んでぐらんぐらんと揺らす。
「あははー、世界が回ってるーう」
酔っ払いに正常な思考回路を求めるなかれ。
この審神者、酒を飲むのは好きだが弱い。目を離すと潰れていることがしばしばだ。
普段なら蜻蛉切が見張っているが生憎本日は遠征中。
もうそろそろ帰ってくるかなぁなんて燭台切は現実から逃げだす。

ガラッ。

玄関の方から音がした。救世主だ。
この(酒乱共の)地獄をどうにかできる救世主が帰ってきた。
「と、蜻蛉切ー!後薬研君!お願いこの人たちどうにかするの手伝って!」
楽曲入力を何とか阻止しつつ戻ってきたばかりで疲れているであろうがこちらも修羅場だ。
「あーあ」
部屋の惨状を見て呟いたのは薬研。
ほとんどが酔い潰れている(犯人は弟の方の大太刀)。
「あ、蜻蛉切おかえりー」
ほぼタックルと言っても差し支えない動きで審神者が蜻蛉切に抱き着き首に腕を回す。酔っていても女子力(物理)は発揮されていた。
酔っ払いに何を言っても無駄と判断したのか蜻蛉切はされるがまま。
「薬研殿・・・とりあえず全員に水を」
「そうだな。こりゃあ明日がひでぇな」
そのナリでザルな薬研は豪快に笑いながら厨の方へ向かっていく。

翌朝、二日酔い続出で出撃はおろか遠征も出来なかった事だけ記載しておく(酔い潰した犯人はピンピンしていた)。
ちなみに審神者は二日酔いでガンガンする頭をふらふらさせながらも蜻蛉切に説教食らいました。

5.禁酒しよう(出来るかどうかは別として)


「と言う訳でこれから一月の間は酒宴は禁止となる」
蜻蛉切の発言が広間に響く。
昨晩の大騒ぎの後残っていたまともな人員(出撃していたメンバー+潰れなかった燭台切)でこの事案が決定された。
ちなみに審神者は現在二日酔いと戦っている最中なので大広間にはいない。
次郎のブーイングも上がったが燭台切が容赦なく「ダメ」だと言い放つ。
「確かに・・・昨晩は少し悪ふざけが過ぎてしまったからな・・・」
やっぱり二日酔い気味なのか長谷部の顔色は悪い。悪ふざけが少しどころでなかったのはもう何も言うまい。
本日の業務はどうにもならないので各々休みを取ることとなる。
「主殿、よろしいでしょうか」
湯呑に水を汲んで審神者の部屋へと向かう。中から死にかけた声でいいよ、という返事が返ってきた。
「・・・・・・大丈夫、ではなさそうですね」
「すいません、飲みすぎました」
布団に倒れたまま顔色悪く審神者はそう告げる。
「もう飲まないですごめんなさい」
「何度目ですか」
酒に弱い酒乱ほど厄介なものはない。
審神者はその典型例で弱いくせに飲む。そして飲んで寝込んで飲まない!と言うもののまた飲む。その繰り返しだ。
人の脳みそに付随しているはずの学習という能力はないのかもしれない。
「自分は、貴女に飲むなと言っているわけではないのです」
「はい」
「貴女は次郎殿と違って弱いのですから適量を飲むようにと申しているのです」
「はい、蜻蛉切が言う通りです」
正論過ぎて反論ができない。
ガンガンと痛む頭と戦いながら起き上がり、水を一気飲みする。
テンションがあがるとついこうだ。親や友人からも「気を付けろ」と何度口を酸っぱくして言われたことか。
「では、ゆっくりお休みください」
立ち上がろうとした蜻蛉切の袖をつかむ。
「添い寝して」
「は・・・」
「そーいーねー」
まだ酔ってらっしゃるんですか?と蜻蛉切は袖をつかむ審神者の手を離そうとするも審神者は首を横に振る。
「頭は痛いけど素面ー」
そう言って蜻蛉切が手を離そうとするのを止めたのをいいことにそのまま布団に逆戻りすると5秒で快眠。
人の話を聞かない奴だと審神者の兄たちは言っていたが、身を以て知ってはいたが。
ここまでマイペースだともう苦笑しか起きない。
何にしろ袖を掴まれてしまっては出ていくことも出来ない。
仕方なしに彼女の隣に横になりゆっくりと頭を撫でた。

昼に寝すぎて夜に一人大はしゃぎして怒られた(もう誰にとは言うまい)のもある意味日常の話の一つである。