卑屈さんと父の本丸 02



あの、深夜の運命を決めた日から1か月。
「主、文をお持ちしました」
「ありがとうございます、へし切長谷部様」
徐々に本丸や審神者という仕事に慣れてきた深夜は口元に笑みを浮かべる。
「主・・・その、俺の事は長谷部でよろしいのですが」
「いえ、そんな・・・貴方方は神様なのですから、これくらいは当然です。文、ありがとうございます」
胸の内を蝕む激情を飲み込んで深夜は柔らかく微笑む。
主命を重んじるこの男に『貴方を殺させて』と命じたらどんな反応をするのか。

どうせ命位投げ捨てるのだろう。

深夜はもう一度微笑んでから長谷部に下がるように伝える。
日記代わりのノートを閉じて本棚にしまう。
そうしてから首元の髪の毛を払おうとして、もうロングヘアーでないことを思い出す。
髪質の問題なのかショートヘアーにしたら内巻きになってしまった。
でもそんなことは些末な問題だ。

部屋の外へ出るとちょうど内番仕事を終えたらしい短刀達と出くわす。
「皆様、お疲れ様でした。お茶に致しましょう」
「いいのか?大将」
薬研に問われ、深夜は笑顔で頷く。
「ええ、もちろんです。皆様お疲れでしょう?ゆっくり休んでください」
短刀達は笑顔を浮かべ口々に深夜が作るお菓子は美味しいから茶の時間が楽しみなんだ、と伝える。
最初休憩することを言い渡した時、短刀たちは戸惑ったような顔を浮かべていた。
・・・どうやら深夜の父はブラックに近いグレー運営をしていたようで休憩時間はほとんどなかったようだ。
それに深夜が驚いたような顔をしていたら短刀達の中でも兄貴分の薬研が「いつものことだから気にするな」と言ったのだ。
正直、それを聞いたときは実父の所業に開いた口が塞がらなかった。
半泣きで休憩させ、お茶を入れ、お菓子を配った。
目の前の子どもたちがどうしても自分と重なってしまったのだ。
そんな経緯もあってか短刀たちを始め彼らの兄弟刀は深夜を信用し始めていた。
他の面々も、1か月とは思えない彼女の働きぶりに徐々に心を開き始めていた。

ただ一人、加州清光を除いては。

「お、加州の旦那。俺ら今から茶を飲むんだが一緒にどうだ?」
清光が深夜を苦手に感じているのは皆が察している所だ。薬研がとっかかりを作ろうと清光に声をかける。
「いい、いらない」
殺意に似た眼光を受け取る気も起きず、俯けばそれを悲しんでいると勘違いしたらしい前田藤四郎が深夜を庇うように前に出る。

やめて、と心の中で叫ぶ。

違う、貴方たちを思った行動なんかじゃない。違うの、お願い。やめて。
いっそ叫んでしまえたら楽になれるのだろうか。
「申し訳ありません、加州清光様」
頭を下げたまま、そう謝罪を口にすれば彼からは苛立ったような声が返ってくる。
「何?アンタは何に対して謝ってるの?」
「父の、行動についてです。もっと早く父が皆様にお伝えしていれば、このような事態にはなりませんでした。加州清光様も・・・」
そこで言葉を区切る。

清光は深夜を主を奪った人間だと憎んでいる。
深夜もまた、ある理由で清光を恨んでいる。

お互いそれだけは分かっている。だから、相容れない。
「こんな風に人を憎まずに済んだでしょう」
本当は言葉を濁すつもりだった。けれどその言葉が口をついて出てきてしまった。
その言葉に清光はハッとした表情になって去っていく。
もしかして、ばれていないとでも思っていたのだろうか。
「大丈夫か?大将」
「ええ、申し訳ありません。薬研藤四郎様」
短刀達の心配そうな視線が痛い。
「お茶の準備をしてきますね」
そう言って深夜は立ち上がった。

迷いは、断ち切らなくてはいけないものだから。



■とある審神者の日記
憎い。ただひたすらに憎い。
あの男がいなければよかった。あああああああああああああ、ちがう、あいつの言葉を断れなかったのが悪かった。
もう何が悪いのかわからない。でもこうしなきゃ。こうするしかない。私はこのためだけにがんばった。
アイツが私を見る目は憎悪に満ちている。
契約した以上あいつの感情は分かる。
まだダメ。まだ時じゃない。
絶対にアイツを[文字がぐしゃぐしゃに塗りつぶされており読むことができない]


私は誰が憎かったんだろう
お願い私をそんな目でみないで短刀たちの目が痛いこわいの
違うの私はそんなひとじゃないおねがいおねがいおねがいおねがい[これ以降文字の判別が不可能]