卑屈さんと父の本丸 01



「深夜、お前俺の本丸引き継げ」
「・・・・・・」

七瀬 深夜(ななせ みや)は戸惑っていた。
父の姿を見かけたのはいつ振りだったか。たしか正月に帰ってきていたような気がするが顔を合わせた記憶がない。
今日も一日仕事お疲れ様でした!と頼もしい先輩に背中をたたかれ帰ってきたのが夜の10時近く。
いわゆるブラック企業、に近い会社だが一緒に働く人たちはみないい人ばかりでようやく慣れてきた。
・・・そんなところに、数年ぶりに会話をした父親からのその一言だ。

「何で、私なの」
「妹の方は霊力が全然ないからな。お前は霊力もあるし適任だろ」
進めるぞ、と父は勝手に話を進めようとしている。
「ま、ってよ。私仕事してるんだよ?そんな今すぐにはいはいそうします、なんてできるわけないじゃない」
深夜の声にいら立ちが混ざる。
「国からの通達だ、どうとでもなるだろ」
吐き捨てるように言って、父は背を向ける。
こうなった以上この人と会話を試みようとするのは不可能だ。
父がリビングから出て行った所で力なくソファに座り込む深夜。
「なにそれ・・・」
呟いたところで返ってくる声はない。

全42口。現在確認されているすべての刀剣が揃った本丸を半強制的に引き継ぐことになった。
「・・・と、いう訳で今日からここの本丸の主はこいつになる」
42人の視線を受け、深夜は思わず俯く。
人が、というよりも男性が怖い。
父に未遂事件に巻き込まれたことも話したはずだったがそれすら忘れているらしい。
俯いたまま自嘲気味に笑う。
この男は家族なんてどうでもいいのだ。ただ、自分が働ければそれでいい。そのためになら娘すら人身御供にできる。
知っていたけれど、この場に来てはっきりと示されてしまってはもうどうしようもなかった。
「な、なんで!主がそのままでいいじゃん!」
声を荒げた刀が一振り。
深夜がゆっくりと顔を上げると長い黒い髪に黒い外套を着た少年とも青年ともいえる年齢の男が父にかみついている所だった。
それを見た深夜は奥歯をギリッとかみしめる。

そうか、こいつか。こいつなのか。

浮かんだ激情をそっと胸の内に隠す。
「そういう訳にもいかないんだ。俺もそろそろ引退して指示する側に回れって命令でな」
父はマイペースにそう言ってじゃあな、と出ていく。
「・・・は、はじめまして。父に代わりましてこの本丸を引き継がせていただく者です。演練用のコード名としてしんや、という名をいただいていますので、お好きに呼んでください」
男たちの視線が怖い。
思わず声が震えるが言い切って頭を下げる。

「俺は認めないから」
黒服の少年は紅い瞳で深夜を睨んでいる。
「俺はアンタの事主だなんて絶対に認めない」

隣で浅黄色の羽織を着た少年が「清光、やめなよ」と少年を制する。
「だって昨日の今日でだよ!?みんなだって急にこんなやつが主だ!って言われて認められるわけ!?」
清光、と呼ばれた少年の声に皆がさっと黙る。
それはもちろん嫌に決まっているだろう。
昨日まで主と呼んで慕っていた男が急に主を止め、小娘を連れてきて今日からこいつを主と呼べ、だ。
人の話を聞かない男だとは思っていたがここまでとは思わなかった。
深夜はこっそりとため息を吐く。
「・・・貴女が、今日からこの本丸の主になるのですね」
その中でスッと立ち上がった男が一人。
カソック風の衣装を身にまとった男だ。
「へし切長谷部様、でよろしかったでしょうか?」
「はい、長谷部とお呼びください。主」
ある程度情報は叩き込んできた。この男は主命を果たすことを生きがいとしているという。
「私を主と呼んで下さるんですか?」
「ええ、貴女の父上が貴女を後継として選ばれたのであれば、尽くすのが俺の使命ですから」
そこで深夜はああ、と心の中でうなずく。
この男は主が誰でも構わないんだ、と。主を慕っているのではなく、ただ主命を果たす自分に酔っているだけ。
それなら利用価値もある、と深夜は微笑みを浮かべたまま心の中で醜く笑う。
「ありがとうございます。へし切長谷部様。みなさんも、急な話で大変申し訳ありませんが認めてもらえるよう審神者の務めを果たしていきますのでよろしくお願いいたします」
営業スマイルを浮かべ、深夜がそう言うと半数辺り(特に短刀と呼ばれる見た目が幼い刀剣たち)は「なってしまったから仕方ない」と言ったような空気になる。

「認めないからな・・・」

ただ一人、加州清光だけは・・・まるで仇を見るかのような目で深夜を睨みつけていた。


■とある審神者の日記
突然だが今日から審神者になることになった。通達は前日の夜、父から。
頭がおかしいとしか言いようがない。
本来なら従妹がしたように審神者としての研修などを行わなければいけないのに。
父は昔からこうだったが、最近さらに手に負えなくなったようで母が愚痴を言っていた。
それなら結婚なんてしなければよかったのに、そう思う。
私も私だ、こんなことになるなら実家を出て一人暮らしをしていればよかった。

何で私があの男に愛された奴らの面倒なんて見なきゃいけないの?

それでも、やらなければいけない。
へし切長谷部という男は主は誰だっていいような感じだったので近侍にしようと思う。
男は怖いが仕方ない。頑張ろう。
一度現世に戻って必要なものの確保と、髪の毛を切ってくることにしよう。
短い方がきっと狙いやすいだろうから。