セクハラ審神者だって女の子ですよ



「んー・・・」
兄から送ってもらった戦場の資料を眺めながら審神者は机に肘をつく。
「むっず・・・」
兄に精神的にも肉体的にもボコボコにされて以降こうして資料をもらっては陣形や戦場についての勉強をしているものの、難しい。
別段頭が悪いわけでも良いわけでもなく普通なつもりだが、学校の勉強とは全然勝手が違う。

「おい、文が届いてるぞ」

部屋の外から同田貫の声がする。
「ほんと?・・・あ!!」
ガタッと立ち上がり勢いよく障子をあける。
「な、なんだよ」
「ちょっと勉強付き合って」
はあ?と同田貫の頭に疑問符が浮く。
「お前な、俺らは刀なんだよ。武器が勉強って・・・」
ついでに後ずさる。機動オバケに追いかけられるのもセクハラ発言も、もうこりごりだ。
同田貫の言葉を遮り審神者は用紙を見せる。
「ほー・・・これお前の兄貴か?」
「いえっす」
同田貫はにぃっと笑うといいぜ、と部屋に入ると胡坐をかいて座る。
「この作戦を考えたのは兄貴なのか?」
「うん。こういう戦場ではこういう作戦が有効だっていうのを資料として送ってきてくれたんだけどさ」
そこで審神者はため息を吐く。
「ほら、私は実際に戦場を知ってるわけじゃないでしょ?だからこういう場合の有用性について聞きたくてさ」
「そういう訳なら聞いてやるよ」
その後会話を聞きつけてやってきた長谷部も交えてもらった資料を一枚一枚確認していく。

「はぁ・・・なるほど・・・」
気が付けば高かったはずの太陽は沈みかけている。
「顔色がよくないようですが大丈夫ですか?主」
「あー、うん。一気に脳みそに詰め込んだせいで若干頭痛いけど」
机の引き出しから目薬を取り出してさす。
「二人ともありがとう。同田貫もこの前の演練は・・・きちんと把握できてないふがいない審神者でごめん」
もっと頑張るから、と頭を下げる。
その様子を見て、さすがに照れたのか何なのか同田貫は頬をかきながら気にするな、と返す。
「よーし、夕食の準備するか!」

切替が早すぎる。

るんるんとスキップで部屋を出ていく本丸の主についていく二人。
「あ、みんなお帰り!お疲れ様!」
遠征に出ていた部隊が戻ってきたようだ。
「あるじさま!だいせいこうですよ!」
そう言って今剣が差し出してくれた資材を見て審神者はパッと笑うと頑張ったね!と今剣を抱きしめる。
一瞬ざわっとしたが相手は幼子(の姿をした付喪神)だ。気にすることはない。
いつも審神者がやっている短刀たちへのコミュニケーションの一つだ。
「おお、帰ったか今剣よ」
「岩融!きいてください!きょうはだいせいこうなんですよ!」
小さな子供が自分の勇士を見せつけるように今剣はとても嬉しそうに岩融に報告する。
元の持ち主が主従関係だったこともありこの二人はとても仲が良い。
何だかほのぼのするやり取りだなぁ、なんて審神者もほっこりしている。
「それはよかった」
そういって、岩融も今剣を抱きしめた。・・・審神者ごと。

空気が凍りついた。

審神者の心情的には「可愛い弟(のようにかわいがっている短刀)を抱きしめつついい具合に筋肉堪能してますひゃっはあああああああああああああああああ!!あざああああああああああああああああっす!!!」程度だが周囲はそうはいかなかった。
「岩融殿」
蜻蛉切の冷ややかな声とともに岩融の肩に蜻蛉切の手が食い込んだ。
「主殿に失礼なきようお願いします」
冷たさを含んだ蜻蛉切の声を受けた岩融はポカンとした表情を浮かべていたがやがてそれがにやぁとした笑みに変わる。
「がははは、これはすまなんだ」
パッと審神者と今剣を離しいつものように笑う。
おいてけぼりの審神者は疑問符しか浮かばない。
同田貫も喉で笑ったかと思うと飯の支度するんだろ?と審神者に声をかける。
「あ、ああ。そうだった。みんな遠征お疲れ様。もう少ししたらご飯になるから待っててね」
そう言って廊下をパタパタと走っていく。

「何つーか、まあ」
「大変ですよね、蜻蛉切殿も」
同じく遠征先で手に入れた資材を手にした太郎が呟く。
「っていうかアイツのアレは素なのか?」
「主の行動はなかなか読めませんからね」
こそこそと同田貫と太郎が会話をしているのを聞いている蜻蛉切の耳が赤くなっているのは、審神者が知らないでよかったことかもしれない。


入浴も夕食も終わり、次郎と少しだけお酒を飲んで。
ほろよい気分で鼻歌を歌いながら自室へ戻ろうとする。
「あ、蜻蛉切ー」
向こうはちょうど湯上りなのか寝間着姿だ。
「遠征お疲れ様!今君大はしゃぎしてたね」
今回の遠征は練度も考えて今剣を隊長にしていたので喜びも大きかったのだろう。
「いえ、これも武人の務めですから」
いつもこうだ。
そこも良いところなんだけどなー。他の人みたいに何かこう・・・ご褒美くれ!とか言ってくれてもいいのになー。
「あ、あのさ、蜻蛉切?」
「いかがされましたか、主殿」
「そのー・・・ここに来てから何か無茶言ってずっと近侍やってもらってるでしょ?それでー・・・そのー・・・」
いい具合にアルコールが入ってふわふわしている。
「何か蜻蛉切が欲しいものとか、後はしてほしいこととかあったらさ、まぁ、私ができる範囲になっちゃうけど叶えたいなー、と」
「してほしいこと・・・ですか・・・」
蜻蛉切は考える仕草に入って、そうですね、とつぶやく。
「その・・・本日の遠征先に評判の甘味処がありまして、主殿にお渡ししようと思っていたのですがそれも逃してしまい・・・」
ああ、そういえば帰ってきたときに岩融に今剣ごと抱かれたなぁ、いい筋肉だった。たまに触らせてもらってるけど。
「よろしければご一緒させていただいてもいいでしょうか?」
「ふぁ・・・」
あんまりにも予想外の言葉に脳みそが停止した。
「あ、もちろん主殿が嫌であれば・・・」
「いいいいいい、嫌じゃない!ぜんっぜん嫌じゃない!私なんかでよければぜひ一緒に!あ、お酒も少し残ってたから飲もうよ!」

心臓がばっくんばっくんと音を立てている。

違う、アルコールだ。さっきお酒飲んだから。だから脈が速いんだ。
そう自分に言い聞かせる。
「じゃ、じゃあお酒持ってくるから、私の部屋でいいよね?」
「・・・はい」
今絶対に顔が赤くなっている。いや、それもさっき飲んだお酒のせいだ。
パタパタと顔を仰ぎながら小走りで厨房に飛び込み酒瓶を一本引っ掴み、コップも持つ。
「あれ、主まだ飲むの?次郎太刀はもう寝ちゃったけど」
「いや、今から少し蜻蛉切と!」
「へ?」
燭台切が目を丸くしたのも構ってられない。
部屋までダッシュで戻れば蜻蛉切は部屋の前で待っていてくれる。
「なんだ、入ってればよかったのに」
「主殿、何度も申し上げていますがご自身が女人であるということをお忘れでは」
「あー、今日は肌寒いなー!」

はい、すっかり忘れてましたね。
清光の悲鳴騒動で散々言われていたのにすっかり忘れている。

お土産だという団子を頬張りながら酒を飲む。
「今日はいい月だねぇ」
「ええ、本当に綺麗な月です」

その昔、「I Love you」という言葉を「月が綺麗ですね」と訳した人が居たという。
別に蜻蛉切にそんな意図はないだろうし、知っているはずもない。
それでもほんの少し頬が赤くなる。ほんの少しでいいから、夢を見ていたい。
酒が進んでくるうちにどんどん眠くなってくる。
「主殿、お休みになられた方が・・・」
「だーいじょーうぶー。だって蜻蛉切全然飲んでないじゃないー。せっかく一緒にお団子食べてるのにー」
畳に寝転がり足をバタバタとさせる審神者を見て苦笑を浮かべる蜻蛉切。
「・・・それでしたら、また、お付き合いいただけますか?」
「そんなのいつでも!」
その言葉が嬉しかった。嫌われてない!と頭がパンクしそうになる。
ふいに頭をなでられて赤面する。
ゆっくり、ゆっくりと。まるで子供をあやすかのようなその動きに眠気がやってくる。
「ゆっくり、お休みください」
そんな声を聴きながら徐々に眠りに落ちていく。

翌日の食事がなぜか赤飯なことが不思議でした(by審神者)


本日の被害者:色々と誤解した燭台切