セクハラ審神者が襲撃に遭いました
「眠れない」
寝る前まで短刀たちとトランプで大はしゃぎしたせいか目がさえて眠れない。
燭台切お母さんの雷が落ちてしぶしぶ、と言った感じで部屋へ帰っていく短刀達。
審神者は一人正座で説教を食らっていた。
その内容は本当に「お前はオカンか!」と言った感じで反抗期よろしく反抗したらさらに雷が落ちた。
放任主義の母親の元のびのび成長していった審神者はその時点で涙目だった。
兄と本気で殴り合いのケンカした時もここまで怒られなかった(というよりその時は喧嘩両成敗と母親に二人とも殴られた)。
隣を通って行った和泉に救いを求める視線を向けたらグッドラックとばかりに親指立てて去って行ったので明日の夕食は見てろよ、と自分の事は棚に上げてそう誓う審神者だった。
子供のころ好きだったアニメのテーマソングを鼻歌で歌いながら眠気が来るまで散歩でもしてみようかと桜の花弁が舞い散る庭を散策していた。
昼の桜も良いが夜桜も良い。
月明かりに照らされて幻想的な桜を眺めていたときだった。
空気がねっとりとしたものに変わる。
「なっ・・・」
この本丸があるのは特殊な空間で、出入りには本丸の主の認証か政府が発行するパスが必要だ。
それを無理やり侵入してこようとするものは、一つしかない。
「歴史修正主義者・・・!!」
バチッとはじける音がしたと思えば打刀を構えた不気味なオーラを纏った男が数人庭に立っていた。
マジですか。マジっすか。
この本丸始まって初めての夜イベントは敵の襲撃ですか。
出来ることなら蜻蛉切との初夜がよかっt げふん。
審神者はじりじりと後ずさり、敵の目が逸れた一瞬を狙って駆け出す。
「こちとらスピード自慢だボケェ!!」
長谷部に並ぶ機動オバケナメんなよ。
履物を脱ぐのも忘れて縁側を駆け抜ける。
ある程度距離を離した所ですうっと大きく息を飲み込んで、瞬間誰かに抱きとめられた。
敵か!?
いや、違う、この胸筋は・・・!
「蜻蛉切!」
安堵感に声が震えてしまう。
「主殿、自分の背に隠れていてください」
結構、いや、かなり怖かったんだな。
蜻蛉切に庇われながらそう思う。
寝間着姿のお背中もいいですね!とかそんなことを思っている場合ではないのは分かるが思ってしまうのは止められない。
口から漏れなければ問題はない。
「皆の者!敵襲!敵襲だ!!」
大きなよく通る声が本丸に響き渡る。一瞬にして静かだった本丸に緊張が走り、夜警当番の長谷部が猛スピードで駆けてきたかと思えば敵の打刀を真っ二つにした。上半身と下半身に切り裂かれた歴史修正主義者は霧が消えるかのように消滅していく。
「長谷部殿、後ろだ!」
審神者を背に庇いながら蜻蛉切は斬りかかってくる敵をいなしていく。
審神者を庇いながらの二人での戦闘も、人数が増えてくればこちらのもの。
「首落ちて死ね!」
何か怖いこと言ってる可愛らしい顔の男の子もいるがこの場では一切シカトしておくことにする。顔怖いですよお兄さーん。
だから、皆が油断した。
もう敵は殲滅した。そう思い込んでしまった。
「長谷部君!危ない!」
審神者が叫び、彼は慌てて背後を振り向く。
敵脇差が見えた、と同時に
「死ねやこんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
という審神者の素敵なデスボイスと共に敵が吹っ飛んだ。否、審神者の強烈なラリアットによりぶっ飛ばされた。
「あーっはっはっはっは!こちとら男兄弟に囲まれて18年過ごしてんだ!てめえらなんざ怖くもなんともねえわ!!」
拳を振り上げながら勝利の雄たけびを上げる審神者。
その姿はまるで世紀末覇者。猛々しいにもほどがある。
霊力で腕に式神を装着していたのか、敵は消滅していく。
「長谷部君大丈夫?」
「あ、主!貴女は何をしているんですか!そんなことをして貴女に怪我があれば俺は・・・俺は・・・」
長谷部は真っ青な顔色になりながら上着を脱ぐと本体の刀を腹に向け始める。
「主に守られるなどふがいない俺をお許しください!」
「おいこらやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!何しようとしてんのかな君は!!」
長谷部も普段ひらひらしてるから分からないけど良い筋肉ついてるよね☆と頭の片隅で思いながら必死に長谷部を止める。
「私が何のために長谷部を守ったかわかる?貴方も大事な大事な私の仲間で友人だからなの」
そんな腹を切るような真似しないで?と天使の微笑みを浮かべて長谷部の両手を握れば彼はありがとうございます主!と膝をつく。
長谷部が下を向いたのをいいことに彼女の顔が「ちょろいなこいつ」という悪魔の笑みになったのは伝えないでおこう。
黙るという優しさも世の中には存在するのだ。
しかしまあ主命第一の長谷部は懐柔できたが出来ない刀剣ももちろんいる。
正座お説教のメンバーに蜻蛉切と薬研まで増えている。仁王立ち三人に囲まれてさすがの審神者も小さく縮こまっている。
涙目再開である。
「女の子がそんな無茶しちゃダメじゃない!」
「はい、みつ君の言う通りです」
「そもそも蜻蛉切の旦那が大将を守ってたんだから大人しくしててくれ」
「はい、すいません」
もう謝り倒すことしか出来ない。長谷部が危ないと思ったら思わず飛び出していた。頭の中には仮面ライダーのテーマ曲。
小さいころの夢?もちろんスーパーヒーローです!戦隊物で言えばリーダーの赤になりたかったんです!
そりゃまあもちろん売られた喧嘩は買ってやるわボケェ!という審神者の性格上の問題でもあるが。
彼女の霊力をもって顕現している刀剣たちには死活問題。
セクハラが酷いとは言え彼女は刀剣たちを等しく愛している。一部愛情が暴走しているが。
そのなかで蜻蛉切は膝をつくと失礼します、と言って審神者の腕を取る。
「やはり傷ができています。薬研殿、薬の用意を」
「はー、やっぱりか。大将、大人しく待ってろよ」
大人しくも何も蜻蛉切が腕を掴んでくれてるので大人しくしてるに決まってるだろお前さんよおおおおお!
燭台切はいつの間にやら濡らしたタオルを持ってきて傷口を拭いてくれる。
何だこれは、やったことはないが乙女ゲームという世界のようではないか。
・・・しかし男に囲まれ甲斐甲斐しく世話されるっていうのもなんというかつまらないものだ。
「これくらいツバつけとけば治るって」
「そういう問題じゃねえっての」
頭に救急箱が降ってきた。
兄4人とケンカした回数は数知れず、拳で殴られ足で蹴られ、もみあいにまで発展したことはあったが救急箱で殴られたことはない。
薬研は手際よく薬を塗ってガーゼを張り、包帯を巻く。
「えー・・・ここまですることなくない?」
包帯でぐるぐる巻きの腕を見てそう漏らせば、頭にぺちんと薬研の手が降ってきた。
「それくらいやっとかないと大将はまた無茶やらかすだろ」
「へい、すいません」
今回ばかりは言い返せないので大人しく受け入れておく。
「とにかく、主も少し休んだ方がいいよ。疲れただろ?」
「・・・そうね。眠気が来るまで散歩しようと思ってたらこれだしね」
流石に疲労のおかげというか疲労のせいというか眠くなってきた。
「ではお部屋へ」
「あ、はい」
蜻蛉切が部屋まで警護してくれた上に先ほどの襲撃もあって夜間警護を買って出てくれた。
別に大丈夫だと言ってもこれも近侍の仕事だといつものように穏やかな笑みを浮かべるだけだ。
「あのさ、蜻蛉切」
障子一枚を隔てたところにいる蜻蛉切に声をかける。
「何でしょうか、主殿」
「・・・私さ、意外とみんなに愛されてんだね」
さっきの襲撃で分かった。
敵が居なくなりある程度落ち着いた途端短刀たち(主に粟田口メンバー)はボロボロ泣きながら審神者に抱きついてきた。
主様怪我はしていませんか?
大将大丈夫か?
何処か痛いところはありませんか?
そんな一気に言われても私は聖徳太子ではないので聞き取れません。審神者はそんな事を思うが短刀達は聞き入れない。
大丈夫だから落ち着けと言ってもべそべそ。
さっきまで敵を切り伏せていた刀はどこへやら。
「ええ、貴女はこの本丸の刀剣たちをよく見ていらっしゃる。それを感じ取れぬほど我らも感情が欠けているわけではありません」
「それもそっか」
ごろりと寝返りをうつとラリアットを食らわせた腕が地味に痛む。
部屋の外で警護の為座っている蜻蛉切の影が見える。
「・・・ごめんね」
「どうされました?」
「いや、蜻蛉切にも迷惑かけちゃったし」
審神者には本来歴史修正主義者と戦う能力などはない。
それを彼女は高い霊力を駆使して独自に戦う能力まで開発してしまった。
「そんなことはありません。ただ・・・」
そこで蜻蛉切は言葉を区切る。
「もうあのようなことはお止め下さい」
「うん、もうしない」
うつらうつらと、眠気がやってくる。
目の前の景色がぼやけて、瞼が落ちていく。
「好きよ」
多分、そう言ったと思う。