セクハラ審神者は写真が趣味です
この本丸は(一部審神者の暴走を除き)ホワイトだ。
真っ白も真っ白。洗剤もびっくりの白さを誇るホワイト本丸。
審神者はと言えば肩の辺りまで伸びた茶色混じりの黒髪に、黒い瞳。
可愛いというよりはキレイという言葉が似合う女性だ。
だから、陸奥守も最初は騙された。
刀剣男士として顕現し、一番最初に見えた美しい女の顔に、騙されたのだ。
「初めまして。陸奥守吉行。私が今日から貴方の新しい主になる審神者よ」
見目麗しい女は声も美しかった。それだけではなく霊力も目を瞠るものがあり20そこそこの娘とは思えない程に力に溢れていた。
声を聞くだけで刀剣男士としての能力も上がるだろう。
それほどまでに彼女は高い能力を持っていた。
審神者として申し分ない人だ。
陸奥守が自己紹介を終えた後、それは直ぐに崩れ去ったが。
「腹筋触らせて」
にっこりと、美しく。女は笑い・・・それを見た男は本能的に危機を感じ取った。
逃げないとやばい。こいつはやばい。
彼はその瞬間逃げた。そして女は追った。男女の体力差もあれば逃げ切れただろうが彼女は速かった。
呆気なく捕まり審神者は彼の腹筋をペタペタ触りまくったかと思うと満足したのか良い笑顔を見せる。
それがこの本丸の始まりだった。
性癖がアレでもこの審神者の能力は凄かった。
的確な指示と手入れのスピード。そして刀剣達に対する愛情。
申し分がない主だ。セクハラさえなければ。
「ほらほらー、薬研、厚。こっち向いてー」
デジカメを構えた審神者が庭の掃き掃除をしていた二人を呼ぶ。
「「なんだ、大将」」
流石兄弟。声が重なり、振り返るのもほぼ一緒。その瞬間を狙ってシャッターを切る。
「なんだ、また写真かよ」
呆れたように言う薬研に審神者は微笑みを見せる。
「だって折角こうやって一緒に過ごしてるんだし、思い出を残せたらいいじゃない」
見てよー、と審神者はデジカメの画面を二人に見せる。
そこには楽しそうにはしゃぐ同派の兄弟達の姿の他にもこの本丸で生活している刀剣たちが写っている。
「いち君に君ら兄弟の写真集作ってプレゼントしたら喜んでくれたし」
「え?大将そんなの作ってたのか?」
厚がいち兄羨ましいな、と呟く。
「じゃあいち君も含めた粟田口メンバーの写真集作ろうかな。大分写真も貯まってきたし」
「本当か?みんな喜ぶだろうな」
厚の嬉しそうな声に、薬研も口は開かないが微笑んでいる。
撮影趣味も役に立つもんだ。
そう思いながらぴっぴっと写真を次々送っていく。
「「「あ」」」
その中に一枚、完全に盗撮だろうというものが入っていた。
「いや、違うよ?」
「大将・・・」
厚の冷たい目を受けて慌てて審神者は首をぶんぶん振る。
「違うんだって・・・不可抗力だって・・・」
鍛練後であろう蜻蛉切が上半身裸で水を被っている写真@春の庭。
目線はもちろんカメラに向いていないし気付いても居ないだろう。
・・・審神者が縁側を通った事には気付いても、撮られた事には気付かない。
これを盗撮と言わずなんというべきか。
「大将」
薬研が「こいつはもうダメかもしれない」という顔を向けながら審神者の肩を叩く。
その様はさながら自首を促す刑事だ。
「だってさぁ・・・好きな人のこの姿だったら撮っとこうと思うじゃない?」
じゃない?じゃねえよ。
粟田口兄弟のほのぼのとした生活写真、新撰組メンバーのくだらないやりとりを写したもの。
中には鍛練中の刀剣達を写した真面目なものもあった。内番仕事の写真もある。
誰も写っていない風景写真なんかもキレイに撮れている。
その中にコレだ。
彼らの大将は期待を裏切らない女だ。いや、裏切って欲しかったが。
「だってぇ・・・蜻蛉切に何度プロポーズしてもスルーかたしなめられるかしかしないんだもんー」
残念な美人、ここに降りる。
仕方ないと厚と薬研は彼女の両脇に座る。
「っていうか大将が他の奴にもベタベタしてるから悪いんじゃないか?」
「ああ、この前同田貫の旦那を追いかけ回してたよな」
「いやっ・・・!あれはただジャージの前開いてたのが凄く・・・凄く・・・」
審神者は拳を握って自分の膝を殴る。
「腹筋が見えてたんだよ!アレを追いかけずにどうしろっていうの!?触らせろよちくしょう!!!」
何でこの人こんなに整った顔立ちをしているのに頭がアレなんだろうか。
男兄弟に囲まれて育った人間はこうなるのか?
人間社会の事は分からない短刀二人は首を傾げるほかない。
「だからさぁ、一方的に触られるのは嫌だよな!って思った訳よ」
「ああ、そりゃあ追われた挙げ句にそれじゃ・・・一方的に?」
薬研は頷きかけたが混じっている妙な単語が引っかかり審神者の方を見る。
「だから同田貫に腹筋触らせて貰う代わりに胸揉んで良いから!って言ったらすっごい勢いで殴られた」
「「何やってんだ大将!!」」
ツッコみも鮮やかに決まる。流石兄弟刀ねえ、などと見当違いの事を思う。
「そっれは可笑しいだろ!どう考えても!!」
頭を冷やしてくれ!と厚は審神者の両肩を掴んで揺らす。
「え、何が」
「何が?じゃない!女が軽々しくそんなこと言うもんじゃねえよ」
薬研は流石に頭が痛くなってきたのか抱えてしまっている。
「だってこんなんただの脂肪の塊じゃないのよ。腹筋の方が尊いに決まってるでしょ」
根本的に考え方が違った。
人間と神様とかそういうレベルの違いじゃない。性癖の問題だ。
どうしようもない・・・し、ここまで拗らせていると再教育も難しいだろう。
追い回された挙げ句にそんな逆セクハラの発言をされた同田貫の気持ちはどうだったのか。
それを考えると非常に・・・何というか居たたまれない気分になった。
「後多分そういうのも蜻蛉切の旦那に断られる原因だぞ」
「マジでか。・・・・・・出来るだけ耐えるようにするわ」
しかし横から「後でパソコンとUSBにきちんと保存しとかなきゃ」という呟きが聞こえたので反省はしていないだろうし、出来るだけ、と言っている時点で無駄なのは分かっている。
「っていうか大将。俺らみたいなのと結ばれるっていうのは現世に戻れなくなるってことだぞ。分かってんのか?」
恋は人を狂わせるのだと言う。
薬研に問われた審神者は整った顔立ちに笑みを浮かべる。
「勿論。蜻蛉切にだったら名前教えてもいいって思ってるくらいだし」
見目だけは麗しい女はそう言い放つ。
「そりゃ重傷だ」
「でしょう。昔っからこうと決めたら一直線なのよ。どうせ兄貴や両親に「結婚して現世戻らないから!」って言っても「あ、分かった」の一言で済まされるだけだろうしね」
サバサバした家族なのよ、と審神者は付け加える。
「大将はそれで・・・寂しくないのか?」
「んー、寂しくないって言ったら嘘になるだろうけど。兄貴たちも両親の事も信じてるし、離れてても家族は家族だからね」
あまり気にしてない様子でデジカメを弄る。
「さて、それじゃあアンタたちも一緒に写真選んでよ。パソコンにもデータ入ってるしさ」
色々気になるところだらけではあるが、家族の写真があるのは嬉しい事だ。
掃除を終わらせてから部屋に行く、と二人は告げると庭に駆け出していく。
「じゃあ先に戻ってデータ整理してるよー」
二人に声をかけ、部屋へ戻っていく審神者。途中で一期に出会ったので声をかけておく。
「本当ですか?では他の弟たちも呼んでもいいでしょうか?皆と選ばせてもらえたらと思うのですが・・・」
「うん、いいよ。薬研と厚は庭掃除終わったら来るって言ってたからみんなでおいで」
そこで審神者はハッとする。
一期が審神者の表情に気付き後ろを向くと・・・蜻蛉切が歩いていた。
馬当番中の蜻蛉切はここからは聞こえないが優しい表情で馬に語りかけている。
カシャリ。
審神者が一心不乱でシャッターを押していた。
若干口からよだれが流れているのは気のせいだと思いたい。思わせて下さいお願いします。
「お、落ち着いてください主!!」
慌てて一期は審神者を羽交い締めにする。
「ええい!これが落ち着いていられるか!!蜻蛉切の・・・蜻蛉切の笑顔!!写真撮らなきゃ!!!何あれめっちゃ可愛い!!!っていうかなんで内番衣装は普段より露出が少ないのにあんなに色気だだ漏れてるのかな!?くっそう、露出が少ない二の腕いい!鎖骨もよし!人はこれをエロスと呼ぶんだよ!!!人の業だ!!」
現世ではこういう人間をストーカーと言うらしい。
一期の頭にそんな言葉が浮かぶ。
薬研と厚も合流し三人がかりで審神者を部屋まで運ぶ。
パソコンのデータから確実に隠し撮りであろう写真のフォルダが見つかり、またも三人がかりでお説教を喰らう審神者だった。
業が深いとかそういうレベルを通り越した審神者だが、石切丸に加持祈祷頼んだらどうにかなるのだろうか。粟田口三人は溜息をついた。
きっと祓いきれないだろう。だって性癖だもん。
今日の被害者:追い回された挙げ句にセクハラされた同田貫、気がつかないうちに大量の隠し撮りをされていた蜻蛉切