セクハラ審神者は槍を拾って来てもらう
「マジかよ」
さにちゃんやさにったーで散々ダス●ンモップなどと呼ばれている例のアレを目の前にして、あの審神者もただただそう呟くしかできなかった。
「・・・・・・・・・・・・マジかよ」
事の始まりは今日の朝食の席での事だった。
現在政府の方では「戦力拡充計画」として仮想敵を配置したマップを提供している。
仮想敵と言え相手に切られれば傷も負うし手入れも必要となる。
粟田口事件()の後にやってきた博多もそこで鍛練を積み、今では立派な部隊の一員である。
審神者としては博多が異常とも言えるスピードでエクセル各種パソコンソフトを使いこなすようになったことの方が驚きであるが。
そんな計画での通称「E-4」と呼ばれるマップでは稀に日本号がドロップするらしい。
審神者としてはあまり気にしていなかった。理由としては槍はもう御手杵と蜻蛉切が居るし、無理に探しに行って怪我をする方がよっぽど困る。
そういうことを告げ鍛練マップでの過剰なドロップ進軍はしない事を告げていた。
明石国行という来派の太刀もE-3で拾うことが出来るらしい。愛染には申し訳ないがもうしばらく粟田口部屋(短刀)に居候してもらう予定である。
基本的にこの審神者、「まあ来るときゃ来るっしょ」という楽観的な思考の持ち主だが、蛍丸も明石も居ないこの状況に少々蛍丸難民になりかけている。
愛染はそんな審神者の気持ちを理解しているので「その内来るさ!」と慰めている。
あまりにも愛染が良い子すぎたのでこっそり万屋に連れて行って好きなお菓子をたくさん買ってあげた。
「日本号を探しに行きたいのですが」
そんなある日の事だ。蜻蛉切の提案に審神者はうーん、と唸り声を上げる。
「練度的な問題もあって、あんまりあの訓練場には行かせたくないんだけど・・・」
直訴メンバーは蜻蛉切、御手杵、長谷部、博多、厚という槍+黒田組。
「いやー、せっかく日本号が見つかったっていうからよー」
「あー・・・うー・・・。分かった!このメンバーにむっちゃんも入れて一回だけね。一回だけ行って来ていいから。戻ってきたら即手入れ部屋に入ること。それでよければいいよ」
そんなこんなで部隊長陸奥守と共にE-4に出陣した彼らは、日本号を持ってきた。
マジかよ。
確かに一回だけって言ったけどさぁ・・・。
明日辺り大怪我でもするのかな!?などと内心で吸われた運の行方に震えつつもご苦労様でした、と第一部隊に声をかける。
「・・・本当にいるんだね、日本号。まさか一回で拾ってくるなんてびっくりだよ」
「はあ・・・その・・・拾ったと言いますか・・・」
「どうしたの、長谷部君」
珍しく歯切れの悪い男に首を傾げてみせる。
「にゃはは、日本号っちゅーんも肝の小さい男じゃったってことじゃ」
「ねえ何があったの!?」
フリーダムな主の元にはフリーダムな刀剣しか集まらないのか、それとも主のフリーダムさが感染しているのか。
「はい、何があったのか詳しく説明」
***
「やはりいないか」
最奥の仮想敵を切り捨てた長谷部が周囲を見回す。
「一回で見つけるってのは流石に無理だよなー」
刀装はギリギリもってくれたが短刀である厚と博多には中々厳しい戦いだった。
「集まれたらとは思ったけどこればっかは仕方ないか」
「ああ、出陣は一度だけとの事だ。陸奥守殿。帰還の号令を」
「ほうじゃの。あんまり主に心配かけてもしゃあないしな」
帰還号令と共にゲートが開く。
彼らは口々に出てこなかった日本号への八つ当たりに近い愚痴をこぼし始める。
「まあ、あんな奴が居なくとも俺が主命を果たせば済むことだ」
「長谷部のおいしゃんかっこよか!それに・・・これ以上来るかも分からん日本号を待つのも無駄ばい」
「主としては槍は俺と蜻蛉切が居るからまあいっかーとか言ってたしな!別にいいよな!なんつーの?優越感?な、蜻蛉切」
「・・・そんなことを考えるでない、御手杵殿」
「って言いながら蜻蛉切も嬉しそうだけどな」
やんややんやと言いたい放題。
「主を助けるのはワシらの役目じゃからな、新参になんて任せておけん」
がっはっは、と陸奥守が笑った瞬間、ゴトリという重い音が響く。
一斉に音源を見れば転がっている槍。
誰からともなく拾え!!!という声が響いた。
***
「マジかよ・・・」
三名槍煽り耐性低すぎるだろ・・・と呆然としながらモップ、もとい日本号を見る。
「こんのすけや」
「何でしょう」
「分霊を降ろしてない憑代はあくまで器物でしかないんだよね?これ誰かが顕現済みとかじゃないよね?」
「そうですね。今ここにあるのは【日本号を降ろすことが出来る憑代の槍】であって【刀剣男士の日本号】ではありません」
あれかな、意地って奴なのかな?審神者はそう思うことにした。
男のプライド、女には分からん。
まあいいか、と審神者は気を取り直して槍に手を当ててその名を呼ぶ。
ふわりと霊力の桜が舞い、その中から背の高い男が姿を現す。
「日の本一の槍こと、日本号。只今推参。あんた・・・」
じいっと日本号が審神者の目を見つめる。
「他の奴らの声についつい出てきちまったが、そんな尊敬するに値するか?」
愉悦を含んだ声色。
「御手杵、蜻蛉切」
背後で膨らんだ殺気ににた怒気を、落ち着いた声で抑える。
「厚、博多。二人と一緒に手入れ部屋へ。陸奥守、長谷部は厚達が手入れを終えたら部屋に入るように。それまでは日本号の案内をお願いします」
「主命とあらば」
「おう、まーかせちょけ」
厚の行こうぜ!という声がして人の気配が減る。
「あんまりああいうのは感心しないなぁ。私は貴方の事は日の本一の槍だなんて聞いてたんだけど?」
「お、そうか?俺だって命預けるんだぜ?主人を見極めたいって気持ちも汲んでほしいねぇ」
うふふ、ははは。
夏の本丸にブリザードが吹き荒れる。
「まあいいや。じゃあ、むっちゃん、長谷部君。後よろしく。終わったら厚と博多に案内引き継がせるから」
ひらひらと手を振り手入れ部屋へと向かう。
そこはそこである意味ブリザードが吹き荒れている。
「あはは、荒れてるねえ」
「まあ大将を悪く言われちゃあなぁ」
ぶすっとした表情を隠しもしない御手杵に、怒りのあまり真顔になる蜻蛉切。
審神者はクスクス笑いながら二人の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「二人とも私の為に怒ってくれてありがとう。気にしてないから二人も気にしないで」
「・・・ですが」
「気にしてないからいいの」
二人の頭にチョップを入れてから手入れ妖精の前に座り柏手を一つ。
今回は運よく高速槍と呼ばれる奴らとの遭遇が少なかった為怪我は少ない。
短刀二人は後20分もすれば手入れも終わるだろう。審神者は二本の槍に直接自らの霊力を流し込む。
こうすることで多少ではあるが鎮痛効果や手入れの短縮につながると言う。
「二人ばっかずりーよ!俺も!大将俺も!」
「俺もやってほしかー!」
「はいはい。やってあげるから大人しくしてなさい」
まるで姉のような表情で審神者はそういうと次は二振りの短刀に霊力を流し込み始める。
春先の陽光のような温かいそれに厚は嬉しそうな顔で笑って審神者の腕に額をぐりぐりと押し付ける。
短刀達にとっては審神者は主であり、姉でもある。
普段の生活の時の飄々とした態度も、指揮を執るときの凛とした態度も、怪我をした時に甘やかしてくれる態度も彼らは大好きだった。
「・・・はい!厚と博多は手入れ完了!どっかにむっちゃん達が居るはずだから日本号の案内と後二人にこっちに来るように伝えてきてくれる?」
「「はーい」」
元気よく返事をしてパタパタと駆けていく二人。しばらくして入れ替わりに陸奥守と長谷部がやってくる。
「んじゃあ手入れしちゃおうかねっと」
その後、審神者と日本号は顔を合わせるたびに罵り合うという謎の主従関係を築くのだが、それが日常になるまで時間はかからなかった。