セクハラ審神者と月と鶴
蜻蛉切シールドがとても役に立つ。
仮にも旦那様を盾扱いするのはいかがなものかと思うが審神者も今は必死だった。
「なんでこの二人なの・・・!」
謹慎軽減の条件としてブラック本丸に居た刀剣を引き取ること。
そこまでは聞いていたし、了承した。
重要なことを聞き忘れた。
誰が来るのか。
そうして政府の役人が連れてやってきたのはレア太刀と名高い三日月宗近と鶴丸国永。
特に三日月宗近は難民が続出するレベルのレア太刀だ。
二人を見たときに審神者が思ったことは「何で?」の一言だ。
彼女は先日の演練会でこの三日月を殴った。容赦なく空に飛ばした。
その記憶は新しいしきっとこれからも忘れることはできないだろう。
あの美しく決まった技の感触は腕に残っている。
だからこそ審神者は警戒していた。
「な、何が目的・・・!」
命タマ取られるんじゃないかとビクビクしている審神者は蜻蛉切の背中に隠れて彼の服をがっちりと掴んでいる。
そこから永遠に動く気がないんじゃないかというレベルで居座っている。
「主殿、怯えるのも分かりますが彼らの話を聞かなくてはいけません」
「分かってるけどぉ・・・」
こえーよ。
あの時は色々と無我夢中だったので忘れていたが目の前の青い男は天下五剣の一振り。
よくアッパーカットなんぞできたものだ。
「・・・改めまして、私がこの本丸の審神者です。何か言いたいことは?」
仕方なしに蜻蛉切の背中からは出てくるものの手は彼の袴を掴んだまんまだ。
白い服の男・・・鶴丸国永は声を上げて笑い出す。
「そんな取って食うような真似はしないから安心してくれよ。改めて俺は鶴丸国永だ。好きに呼んでくれよ、主」
「じゃあ鶴じい」
鶴丸は見た目は美青年だがこれでもかなり高齢らしいので親しみを込めてみた。
「あっはっはっはっは。アンタやっぱり面白いな!ここなら驚けそうだ!」
何を言ってるんだこの白だるまは。
心の中では何を言っても自由だ。続いて審神者は三日月の方を見る。
思わず蜻蛉切の袴を握る手に力が入る。
「俺の名は三日月宗近。まあよろしく頼むよ、主殿」
ニコリと微笑む三日月は確かに美しい。
確かに躍起になって欲しがる人間もたくさんいるんだろう。審神者の趣味からは外れているので理解はできないが。
「えーと・・・じゃあ月じい」
こちらも結構なご高齢らしい。一応親しみは込めた、つもりだ。
「はっはっは。確かに俺はじじいだからな。まあ、それでいいさ」
なにこれわらいかたこわい。
神力も高いし練度もある。・・・これ何かあった時対処できるよね?大丈夫だよね?
審神者は心の中で半泣きである。
「じゃあ二人には同じ部屋を充ててあるからとりあえずはそこでいいかな。何か必要なものがあったら言ってね」
案内するからついてきて、と審神者が立ち上がりそのあとに蜻蛉切が続く。
「あるじさまー!」
庭仕事をしていた今剣がぴょこんと顔を出す。
「あ、今君お疲れ様。顔泥だらけだよ」
審神者は膝をついて持っていたハンカチで今剣の顔を拭いてやる。
今剣は嬉しそうにふにゃっとした笑顔を浮かべたが彼女について歩いていた三日月を見てパッと顔を輝かせる。
「ひさしぶりですね!三日月!」
そういえば二人は三条派だったか、と思い返す。
何だ、こういう風に笑うことも出来るのかと審神者は三日月を見つめる。
「なあ、主」
「何、月じい」
「俺を近侍にしてみぬか?」
「結構です」
この間わずか十数秒。
ぶほっと鶴丸が噴き出したのを睨んで黙らせる。
「いやはや、ここの主は本当に面白い。鶴丸がここを希望したというので俺も来てみれば」
クスクスと三日月が笑う。
「確かにここは楽しめそうだ」
断ればよかったな。
審神者は心の中でそう思う。思うだけにしておいた。怖いから。
三日月と鶴丸を部屋に押し込めて自室にたどり着いたころにはヘロヘロになっていた。
精神が削れる。SAN値チェックとかそういうレベルじゃない。
「主殿、お茶をお持ちしました」
「入っていいよー」
スッと音を立てて障子が開いて蜻蛉切が部屋に入ってくる。
湯呑が二人分だということにパッと顔が輝く辺りは単純としか言いようがない。
座布団枕でごろ寝をしていたがすぐさま起き上がる。
「わーい、ありがとう」
二人並んで座ってお茶を飲む。
「本日はお疲れ様でした。大丈夫でしたか?」
「まあ、なんとか。ごめんね、ずっとへばりついてて」
三日月こええ。その一言に尽きる。
「いえ、自分は貴女の近侍で・・・その、夫ですから」
気になさらないでください、と照れたように笑う蜻蛉切から思わず目をそらす。
かわいすぎか。
鼻血でるから、マジで鼻血出ますから。
大丈夫だよね?と鼻のあたりをこする。
「主?」
「カッコいいし可愛いとかほんっと意味わからない」
絶対に赤くなっているであろう頬を両手で覆う。
「可愛い・・・ですか」
今の首傾げた所とかめちゃくちゃかわいいです心のアルバムに保存しておきますね!
心の中のガッツポーズなどお構いなしに蜻蛉切はスッと目を細める。
そのまま審神者の肩を掴み体を傾けてくる。
「自分も男ですから、あまり可愛いなどと言われると困るのですが」
あ、これは来るわ。
そんな色気のないことを思いながら審神者は目を閉じて・・・
「夕餉だそうだ!」
許可なく障子を開けた鶴丸が二人を見てニヤッと笑う。
「部屋開ける時は許可取れや!」
審神者の華麗なる蹴りが鳩尾に決まった。機動オバケ万歳。
「知ってるか蜻蛉切。ああいうのをスケキヨというらしい」
腕を組み仁王立ちで庭・・・というより池を見つめる審神者。
ごうごうと霊力が燃え盛っている、ように見える。
ここの審神者は霊力が非常に高い為感情が大きくブレると空間が歪んで見えることも多々ある(下手すると天候にすら作用する)。
池には蹴り飛ばされた鶴丸が頭から沈んで両足だけが浮かんでいる状態である。通称犬神家。
「あー、もういい!全力で迎撃してやるわ!てめえら二人ともこの本丸になじませてやんよ!!」
犬神家状態の鶴丸にびしっと指を突き付けてそう高らかに宣言する審神者。
今日も本丸は平和です、多分。
本日の犠牲者:SAN値削られまくった審神者、犬神家状態の鶴丸