縁を切る女と月の刀
「返して来い」
青い狩衣を着た刀剣男士をちらりと見て私は手元の鋏の手入れに戻る。
「酷いなぁ、主は。少しくらい僕の話を聞いてくれてもいいじゃないか」
クスクスと笑う同居人兼相棒は、確かに最近無意味に戦績を上げているので私の口からはため息しか出ない。
「どこで拾ってきたの」
「天下五剣に拾ってきた扱い出来るのは君くらいだと思うよ」
だってレア度とか興味ないし、と手元の鋏から目を離さずに言えば青江はそれもそうだねと笑う。
「はぁ・・・じゃあ二人ともそこ座って。三日月宗近。アンタどうしてこいつと一緒に居るわけ?」
少々穢れを纏ったままの三日月は落ち着きなく視線をきょろきょろとさせている。
そのまま数分間三日月は沈黙を貫く。
「・・・青江、元居た場所に返してきなさい。これから私は書類仕事です」
舌打ちしながら立ち上がろうとすれば三日月はびくっと体を震わせる。
「うーん。やっぱり話せない?」
「・・・・・・・・・」
まるで品定めをするかのような目が気持ち悪い。
「雪澪さーん!確認書類用意できましたー」
「今行きます」
ホワイト目指してお仕事優先。
面倒事しか持ち込まない同居人と、謎の天下五剣を放置して私は立ち上がってデスクに向かう。
「あの、雪澪さん?青江様と三日月様がすっごい見てますけど」
「いい、後輩?アレは空気。気にするんじゃない」
浄化部の後輩が、はあ・・・と気の抜けた返事をする。
無心で書類を捌いていく。真面目な人の所にはその分仕事が来るのである意味ブラック。
ブラック派閥の人間全員抹消してきていいかな?って思うくらいにはお仕事多いよ。
やったねたえちゃんきゅうりょうふえるよ ちくしょう。
ふとデスクに影が出来る。何故か三日月が背後から手元を覗き込んでいるようだ。
「・・・お主は、俺に対して何も思わないのだな」
「天下五剣だとかレア4だとか興味ありませんので。自意識過剰でしたら余所でやってきてください。貴方程の方でしたら行先なんていくらでもあると思いますよ」
浄化部の空気がピシリと凍りつく。何故だ、解せない。
「俺を刀解してくれ」
「はあ、刀解希望ですか。別にいいですよ」
メガネを外して立ち上がる。
「うわ」
ぐるぐると彼にまとわりつく気色の悪い縁の糸。死しても尚この美しい刀に執着しているらしい。
青江め、面倒なもん拾ってきやがって。
先に縁切りしておくかと鋏を手に取る。
「わあああああ、雪澪さん!相手は三日月様ですよ!?刀解だなんてそんな!」
「じゃあアンタはこいつを引き受けられるの?」
ぷつん、と縁の糸が切れる音がする。
「え・・・」
「上層部じゃ練度が高い刀剣男士の刀解はもったいないだとか、レア度の高い刀剣男士は刀解出来ないだとか言ってるけどさ」
ぷつん、ぷつんと一本ずつ切り落としていく。
「そういうことやってるから刀剣男士が妖怪側になって、人を呪うんだよ。最初から救いようがないなら破壊もやむなしだけど、彼は自ら刀解を望んでくれている。これって凄くありがたいことだよ」
彼らが望めば人は死ぬ。付喪神は神と妖怪の間にいるからとても不安定である。
それ故に人の行動一つで彼らは傾く。
彼らを付喪神として尊重すれば彼らの刃は輝き、彼らを物として蔑ろにすれば彼らの気は呪へと成る。
「アンタは、責任取れる?もしも彼が刀を抜いて人を殺した時、もしも彼が人を呪った時。可哀想だとかレア度だとかで生かされた彼らが起こした行動の責任を負う覚悟があるの?」
後輩は私の言葉に顔を俯かせる。
「・・・俺も、お主のような人間に顕現されたかったなあ」
「私性格クズで審神者になれなかった人間なのでそんな事言われても非常に困ります」
ぷつん、と最後の糸を切り終える。若干すっきりした顔をした三日月がふっと微笑む。
「雪澪、と言ったか・・・俺の行く先は何処なのだろうな」
「さあ、刀解されれば本霊に還るんでしょう?休暇って事で休んで来たらどうです?・・・そうじゃなければ一件だけ引き取り先に心当たりがありますが」
部長!と奥のデスクに居る上司に声をかける。
「彼が望むならこの三日月、ある審神者に引き渡してもいいですか?そこの審神者、初期刀を猫かわいがりしてるんで傷害事件にはならないと思うんですよね」
「いや、三日月様が望むなら、それでもいいが」
部長の顔は引きつっている・・・何故に。
振り返り、どうします?と三日月に問いかける。
「その者は、善き者か?」
「まあ確実に私よりはマシな人間ですし、人の嫌がることをする人間ではないですよ。面白い人です」
三日月はスッと目を伏せ考えるそぶりをみせ、そして
「会わせてはくれまいか?」
そう答えた。
数日後その審神者・・・睡蓮さんの所にやってくる。
いつぞやさにちゃんで石切畑騒動になっていた審神者で、あの後虎鉄兄弟と博多と明石と日本号は来たのにやっぱり三日月が来なくて三条に下座ったらしい。
先日の見回りの時に話を聞いた。
「えーと、じゃあ三日月は刀解希望か、それともうちに来るかってことで?」
「そういうことですね」
睡蓮さんはじっと三日月を見ていたかと思うとやがて口を開く。
「よかったらうちに来るといいよ。まだ戦いたくないなら内番を任せるし、戦いたいのなら出来るだけ部隊に組み込むようにする。しばらく考えて、それでも刀解されたいなら私がするから」
この人は本当にまっすぐな人だ。流石黒本丸対策部の主であるボスの娘。肝が据わっている。
「・・・よいのか?俺はお主に迷惑をかけるかもしれぬのだぞ?」
「そんなの私だって同じだよ。皆に迷惑をかけることもたくさんあるし、怒られるし。でもみんなも色々やらかすからお互い様だもの」
その言葉に三日月の目から涙が零れる。
「・・・ありがとう」
他の人が美しい刀だと言っていたのが、少しだけ分かった気がした。
その後青江と共に三日月の引き渡しの書類を完成させうちのくろすけと睡蓮さんの所のこんのすけの承認の元譲渡を終わらせる。
「念のため定期的に三日月宗近の様子見と穢れの浄化の為に伺わせていただきます。その際にはこんのすけへの連絡を入れますのでよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ちらりと見える襖の向こう側三条派の兄弟刀達とぎこちなくではあるが楽しそうに話す三日月を見れば、多分これでよかったのだろうと思う。
「では、失礼します」
立ち上がり、青江と共に本丸を後にしようとすると、睡蓮本丸の三条派がいつのまにやら勢揃いしている。
「何か御用ですか?」
「いえ、三日月をたすけてくれてありがとうございました、せつれいさま!」
今剣がそういったのを筆頭に三条派の刀から礼を言われる。
ふええ、齢千歳越からのお礼こわいよう(棒読み
「気になさらないでください。これも私の仕事の一つです」
またきてくださいねーと手を振る今剣に軽く手を振りかえす。
そのままゲートに向かって歩き出した瞬間、軽く後ろに引っ張られる感覚・・・が一瞬。
しかしそれも本当に一瞬の事で感じたと思った直後には体が軽くなっている。
「ふふ、君って本当に罪深い子だよねぇ」
「黙れ同居人」
意味深に笑う青江にため息を吐きながら、私は職場へと戻っていった。
―――
「かのじょはきづいていないのですね」
短刀の言葉に男はそうだね、と意味深な笑みを浮かべる。
娘は今、定期的な浄化作業の為にここにやってきている。
短刀は幼い姿をしていても、千年の時を迎えた付喪神である。
そこらの若造よりもよっぽど『視る』事が出来る。
浄化で祓われた穢れが、娘の背に乗っかっている穢れへと吸い込まれていく。
おそらくそれは娘の体質なのだろう。
そして娘自身はその穢れからの干渉を一切受け付けない。
「あなたならなんとかできるのでは?」
短刀の目を受けた男は肩をすくめる。
「アレでも昨晩切り捨てたんだよ?それでも彼女、何処からか拾ってきちゃうんだ」
「なんぎですねぇ」
短刀はそう言うと大福を頬張る。
短刀の兄弟刀がやってきたあの日、大太刀が娘の背についた穢れを祓った。
半分以上が吹き飛び、消滅したはず。そのはずだった。
今見る娘の背にはあの日以上の穢れがくっ付いている。
男が言うように何処からか拾ってきたモノが大半だ。
むしろ娘に関係するモノの方が少なく見える。
「あなた、もしかしてまぞひすとですか?」
短刀の赤い瞳が男を捉える。男はその言葉にぷっと吹き出す。
「どこでそんな言葉覚えたの。彼が悲しむよ。それに僕はマゾじゃない」
男は仕事中の娘を見やる。
「彼女と居ると退屈しないのさ」