厳しい司令官と大きくなった虎の話


「山ちゃんお疲れ様ー。あ、これお土産のロールケーキね、みんなで食べてちょうだいな」
「しずさんお疲れ様っす!今お茶持ってくるっすね」


【私は審神者の仕事をサポートする政府職員です】


しず、と呼ばれた女は客間で笑いながら本丸の主である娘と話をしていた。
そんな様子を見守る男が一人。
彼は足元を走り回る虎たちに行くよ、と声をかけて縁側を歩き出す。
「お、久しぶりだな。しず虎がいる・・・ってことは姐さんが来てるのか。言ってくれりゃあもてなしたのによ」
「久しぶりです、薬研。これが僕たちの仕事だから気にしなくていいですよ」
五虎退はそう言って自分よりも低い位置にある自分の兄弟を見て微笑んだ。

しず、こと静音の五虎退は亜種と言われるものだった。

短刀たちは見た目が幼い。それは刀身の長さからなのかどうなのかは分からないがとにかく見た目が幼い者が多い。
その中でも五虎退という短刀は一等幼い見た目をしていた・・・が彼は違う。
太刀のようにスラッとした背丈に適度についた筋肉。
髪型は変わらない物の見慣れた五虎退と同じだが表情はまるで違う。普段は優しげに微笑んでいるが一度戦闘に入れば彼の表情は一変する。名の動物のような肉食獣の顔。それは主を守るために付けた力だ。
初めて見た時は驚いたものだが、最近では自分たちも頑張れば大きくなれるのでは・・・などと修行に励んでいたりもする。
「他の皆さんの様子はどうですか?何か不便とかは?」
「今の大将になってから快適だ。・・・まあ一つ言うとしたら大将が出陣についてこようとするところか」
薬研の言葉に五虎退は苦笑を浮かべる。
ここの主、審神者ネーム【山籠もり】はかなり特殊な部類である。
ブラック本丸に行くにあたり半年間の修行の末特殊な技能を身に付け、しかも隠されかけるほどに好かれた。
流石に神隠しになりそうなときは静音も慌てた様子でこの本丸に駆けつけていた。
「山籠もりさんは素敵な主さんですね」
「姐さんもいい主だろ。・・・ただなぁ、アレは」
顔を曇らせた薬研に五虎退も表情を硬くする。
「まだありますよね、アレ」
「むしろ濃くなってねえか?」
静音が五虎退しか連れていないのには理由がある。
彼女は昔審神者をしていたが、政府ぐるみの乗っ取り事件に巻き込まれて五虎退以外の刀剣男士を見習いに奪われたのだ。
その真相はと言えば刀剣男士を惑わす呪具を見習いが持っていた、と言うものだったのだが静音は


「そんなもの免罪符にはならない。実際ごこはそんなものに惑わされずに私の味方をしてくれた。それが出来なかったアンタたちは私を将だと認めていないことだ。戦争において必要ないのは裏切りの可能性がある部下。私はアンタたちをもう【私の刀剣男士】だと認めることは出来ない」


淡々とそう言い見習いやその父親、政府高官の前で希少度が高い刀剣から刀解していった。
途中ポツリと「殺さないだけありがたいと思え」とつぶやいて。
その後彼女が行ったのはネットでの情報網を駆使した呪具の殲滅だった。
幸いにも親しい友人は多く、その大半が石切丸や太郎太刀などの神刀を所持していた為乗っ取り事件は幕を下ろした。
この際に力を貸してくれた審神者の一人が五虎退に色々話した結果、五虎退は大きく成長し、虎たちも通常の小虎サイズから成獣と呼べるサイズまで自由に変化できるようになったらしいが静音の知らぬところで行われていた為彼女も相当驚いていた。
それが10年前の話。静音は「審神者とかもうやってられん」と審神者をサポートする担当職員に転職。政府はこの女を外に出すと体裁がヤバいという事もあってそれを了承。
「それで落ち着くような主様じゃないんですけどね」
とは彼女の五虎退の言葉である。
その後も彼女はブラック傾向があるところに殴り込みをかけたり、上司のマウントを取ったりやりたい放題やらかしている。成績は良いが始末書も多い、鬼軍曹とは彼女の事である。

「ごこ、終わった?」
「はい。大丈夫です」

五虎退がそう返すと静音はそれはよかったと微笑む。
「姐さん、久しぶりだな」
「そうね。最近よその本丸がごたごたしてて中々顔出せなくて申し訳ないわ」
「そんなことねえぜ。担当職員が姐さんに変わっただけでここは十分よくなったからな」
そう言ってほほ笑む薬研を見てそれならよかったわと静音も微笑む。
「じゃあ次の本丸に行かなきゃいけないから。あ、後山ちゃんには出陣は控えなさいって言っておいたから暫くは大人しくしてると思うわよ」
「お、本当か?大将が出陣についていくと気が気じゃなくてな」
そりゃそうだ、と心の中で彼女は苦笑する。

仲良さげに寄り添いあいながら歩く二人の背を見て、繋がれた縁に薬研は笑みを浮かべる。

「お前がしっかりしてりゃあ大丈夫だろ」
年若い主への土産話が出来た、と少年は楽しげに執務室へ向かった。




かつて仲間だった刀剣達を刀解しながら、主は泣いていた。
長年かけて築いた絆はたかが呪具で破壊された。
「あの時もうちょっと時間かけて完全に潰しておけばよかった」
デスクに肘をついて舌打ちをする静音を見て五虎退は「アレですか」と確信をもって声をかける。
「うん。私が担当してる審神者の所に行った見習いが持ってるっぽいな」
カタカタとキーボードをたたく音が少しの間続く。五虎退の虎はいつの間にか五匹とも成獣のような大きさになっている。
「じゃあ行こうか」
「はい、主様」
静音は模造刀を担ぎ同僚に少し出てくる、と声をかけてゲートに向かう。
そのまま般若の表情で本丸の庭を駆けると短刀達と遊ぶ異分子である見習いに跳び蹴りを食らわせる。
美しい弧を描き飛んでいく人間、呆然とする短刀男士、涙目で静音を呼ぶ主たる青年。
阿鼻叫喚、混沌とはまさにこのことである。
ぐえ、という耳障りな声を出して地面に潰れた見習いの顔すれすれに模造刀を突き刺す。
「ハローハロー、見習いさん。素敵な髪飾りを付けているわねぇ」
何人かが見習い様!と刀を抜こうとするがそれよりも先に五虎退の虎が低い獰猛な唸り声をあげながら静音を守るように彼女たちの間に立ちはだかる。
五虎退は主である青年の元へ駆け寄っている。
「な、なんなのよ・・・こんなことしてお爺様が黙っていると・・・ぎゃあああ!」
ブチブチと嫌な音がする。
虎の一匹が見習いの髪飾りを咥えて取り上げた時に一緒に髪の毛が抜けたのだ。
「ありがとうね、今日のご飯はちょっと豪勢にしようか」
その言葉が嬉しかったのかぐるぐると喉を鳴らし静音に体を摺り寄せる。
「まずねぇ、研修先の本丸への呪具の持込みは禁止なのよ。しかもこれ、私がハメられた奴を進化させた奴じゃないの。誰だ、こんなクソなモン作ったの。さて、泥みたいな霊力のお嬢さんよ。これを持たせたのはアンタの爺さんってことでいいのね?」
五匹の虎の内一匹は五虎退と共に青年の護衛を、一匹は短刀男士と静音の間に立ちはだかり、残りの三匹と恐ろしいほどに無表情な女に見下ろされ、彼女はガタガタと震え始める。
「お待たせしました。呪具の封印に来ました」
堀川と和泉守を護衛に連れた女がゲートをくぐってやってくる。
「有難う。封印の後に研究室へ持って行ってくれる?」
「はい。後の処理は任せてください。出所の方、宜しくお願いしますね」
封を施した特別な袋に呪具の髪飾りを入れ、女は護衛を連れて帰っていく。
その瞬間甘ったるい臭いの漂っていた庭に風が吹き荒れ甘い臭いを全て吹き飛ばしていく。
これが本来の青年の霊力だ。例えば高原に吹き抜ける風のような。清らかな力の持ち主。
「静音さあああああん!ありがとうございましたああああ」
「アンタあいっかわらず泣き虫よねぇ。いい加減直しなさいな」
呆然とする刀剣男士たちに目もくれず、静音は見習いを立ち上がらせる。
「さてと、今からアンタが行くのは【ブラック本丸対策部】よ。安心なさいな。問いかけに素直に答えれば死にはしないわ」
その目はまるで獲物を狩る捕食者のようで見習いはガタガタと震える。

「呪具を使っての乗っ取りがどれくらいの罪になるか知ってる?」

静音はニタァと口元に笑みを浮かべて対策部の人間に見習いの身柄を預け、青年の元へ向かう。
「うう、本当に・・・本当にありがとうございましたぁ・・・」
「礼なら私じゃなくてヘルプを出した初期刀とこんのすけに言いなさい。見習いに靡いた奴らとはきっちり話を付ける事。許せないなら私みたいにすっぱり刀解するのも手よ」
刀解という言葉に数人の刀剣男士が体を震わせる。
「やめてくれ、静音殿。この主がそんなこと出来るとでも?」
「うふふ、私みたいに冷たくないものね」
蜂須賀の皮肉に皮肉で返してやり、静音は五虎退に帰るわよーと告げる。
「はい!また後日来ますね」
「ああ、よろしく頼むよ」

部署に戻ればデスクの上には始末書を書くようにというメモが残されている。
「めんどくさ」
静音は折り紙を取り出すと「申し訳なかったとは思っているが反省も後悔もしてない。する気もない」と書いて紙飛行機を作る。
そのまま部長の席に向かって飛ばしてから通常の業務に戻った。
部長の怒鳴り声に全て「すいまっせーん」というやる気のない謝罪で返し、やっと仕事を終えることが出来た頃にはもうどこもかしこも明かりは消えて真っ暗である。
「すまんな、ごこ。待たせた」
「いえ、大丈夫ですよ。それより主様こそ大丈夫でしたか?」
部長の髪の毛爆散するように祈っといたと言えば五虎退はクスクスと笑う。

「僕はずーっと、主様の守り刀ですからね!」

「信頼してるわよ、五虎退」

大切な守り刀と、足元でみゃあみゃあと鳴く虎たちを連れて、彼女は帰り道を歩いた。