無感情女は縁を切る
昔話をしようと思う。
私には不思議な糸が見えた。
太さも色も様々。縫い糸のような糸もあれば太い縄のような糸もある。
それが他人に見えないという事を知ったのは小学校に上がる少し前だったか。
「こんな糸が見えるんだよ」と友人に言えば、彼女は「そんなものないよ」と首を傾げたのだ。
どういうことだろうと考えて、私は「作り話だよ」と返した。
それが感情や縁を表す物だと気づいたのは更に大きくなってからだ。意識をすればそれに触れることも出来るようになった。
何処からか流れてきた「○○ちゃんが××君を好きなんだって」と言うよくある噂話だ。
それを聞く少し前から気になっていた。その○○ちゃんから××君に伸びる赤い糸。一方通行だ。
××君から伸びているのは親しい友人たちへの友情の縁。
その頃私はクラスでも少し距離を置かれていた。
よくある虐めみたいなものでもなく、私の雰囲気を感じ取ったクラスメイトが一人、また一人と距離を置きだした、というだけ。
挨拶をすれば返ってくる、一緒に遊ぶ。でも距離はあった。
小学校最後の年。私は一つ気になることがあって自分に伸びて来ていた黒い糸を切ってみよう、と思い立ったのだ。
これを切ったらどうなるんだろう。ただの子供の好奇心。
お昼の後の休み時間。教室には私を含めて女子が5人ほどと大人しめの男子が3人ほど。
道具箱から鋏を取り出して自分に伸びてきている黒い糸をまとめる。
自分の体から10センチくらい離れた場所で鋏を動かす。何かが切れた感触が手に伝わってきて、全て切り終えた瞬間殴られたような衝撃を体に感じた。
次に目を覚ましたら病院で、泣きじゃくる母から私が倒れたのだと聞かされた。
30人くらい倒れて、今も何人かは目を覚まさないのだとも。
(あ、そうか)
その時私の頭は妙に冷めていた。
私があの糸を切ったからか。あの黒い糸は私に対する負の感情だった。
私がそれを切ったから、みんな自分が他人に向けていた感情に殴られてしまったんだ。
何本か他のものよりも太い糸があったからきっと目を覚まさない何人かというのはその糸を私に向けていた人なんだろう。
その時から私の中では感情が死んだ。
そんなこんなでその時の後遺症か自分に伸びる縁が見えなくなって数年。
高校を卒業してすぐ私は審神者になることになった。
・・・のはいいのだが、いかんせん性格に難がありすぎて先輩審神者からの了承が出ない。
何件も回ったが皆さんお手上げ。
そんなときです。
「あそこに少し瘴気がありますね、祓いましょう」
そう言って庭の隅を指さすと何件目かだったかの先輩さんがポカーンとした顔になる。
「え?瘴気?嘘・・・」
「・・・感じません?」
念のため確認しよう、と二人で近づくとどうやら戦場でくっ付いてきてしまったのか敵さんの欠片が落ちています。
「貴女凄いわ!審神者になるより瘴気浄化をするのはどうかしら?」
もう少し発見が遅かったら内側から結界が壊れる可能性があったとのことで先輩は大喜びです。
そういった経歴があり、私は浄化部へと配属されることになったのでした・・・。
「帰りたい」
分厚いレンズのメガネがずり落ちたのを直しながら私は呟く。
このメガネは度は入っていないが浄化部が神道と共同開発してくれた品物で私が常日頃見ている縁や感情と言ったものをシャットダウンしてくれる優れものだ。
正直これがないと気分が悪くなるくらいに本丸内部というのは縁が凄い。よくこんなところで審神者って暮らせるよねってレベルで凄い。愛され過ぎると帰れなくなりますよ・・・っていうのもたまに発見する。神様怖い。
今日もまた瘴気の浄化の為本丸めぐりをしていたのだが・・・うーん。
メガネ付けていても見えるレベルの縁って何・・・真っ黒ってことは酷い負の感情か。
「当たり、か」
危険手当付くといいなー、なんて思いながら玄関で人を呼ぶ。
「ごめんください。政府浄化部の者です」
・・・誰も来ない。
なんでだ!今日この時間に来るときちんと知らせてあるのに!
もう一度呼ぼうと口を開くとぬっと人影が現れた。
内心びくっとしながらも来てくれた刀剣男士様に挨拶をする。
「こんにちは、一期一振様。私は政府浄化部に所属する者です。本日こちらの本丸の瘴気点検を・・・ってうえ・・・」
メガネ越しにもはっきりと分かるドス黒い感情。奥の間へ向かっていることからどうやら審神者に向かっているらしい。
「政府の方・・・ですか・・・?」
生気のない瞳で私を見つめてくる一期一振に一つ頷く。
「審神者様からは何も?」
「・・・ええ」
完全に当たりくじだなぁ、と一つため息を吐くとこんのすけを呼ぶ。
「お呼びでしょうか、主様」
「・・・黒い、こんのすけ?」
「この式は我々政府職員に与えられたものです」
黒こんのすけ、通称くろのすけを抱き上げる。
「音声認識。コード6647、雪澪。危険地区モード立ち上げを」
『かしこまりました。これよりこんのすけ、及び主様の視認したものは本部へ送られます』
くろのすけから機械音声が流れたのを確認し床に戻す。
「失礼します、一期一振様」
メガネをはずして胸ポケットに入れる。そうすればどす黒い太い糸・・・注連縄くらいの太さがあるけれどもがはっきりと見えるようになる。
「『約束』いたします。今貴方様が話したことはこの本丸の審神者には一切公言いたしません。この本丸では何が行われているんですか?」
彼は一瞬びくついたかと思うと、悔しげに唇を噛んでポツポツと話し始める。
完全な当たりくじですありがとうございません。
ここの主である少女は高官の娘という立場を使ってやりたい放題やらかしているようだ。
殴る蹴るの暴力は日常茶飯事・・・まだ折れた刀が居ないのが救いか。
後は夜伽の類もまだないらしいが最近そういう独り言が増えてきたとのことなのでセーフ。まだギリセーフ。
「辛いことをありがとうございます。後もう一つ。貴方はその審神者の刀剣で居たいと思いますか?口に出せないのであれば首を振るのでも大丈夫ですよ」
くろのすけがよく見えるように抱き上げながら一期一振に尋ねる。
「私は、あの審神者に顕現されたわけではありません・・・出来るなら、元の主殿の元へ戻りたい。出来ないのであれば・・・お願いです役人殿。私を刀解してくだされ」
コクリと頷いてくろのすけに声をかける。
「あーあー、聞こえてますか?もうここ完全にアウトです。今から審神者の捕縛に向かいます。緊急です、直ぐに来てください。多分早くしないとここの審神者だけじゃなくて・・・え?あー、そっすか。じゃあ私一人で大丈夫です」
くろのすけをまた床に戻す。
「一期一振様、動かないでくださいね」
裁ち鋏を取り出して彼の胸元に添わせる。
「ギリギリで切れば大丈夫でしょうが舌を噛まないようにきっちり口を閉じててくださいね。いいですか?」
「は・・・はぁ・・・。分かりました」
この太さならいっそ鋸とかのほうが速いだろうけど仕方ない。少しずつ切って行って・・・ぶつり、と切れた瞬間、一期一振の体がガクンと揺れ、奥の間の方から甲高い悲鳴が上がった。
「わーお、やっぱこれだけ太いと本人の負担も凄いんだろうなぁ」
「あの、貴女は、何を・・・」
「一期一振様から伸びていた審神者に対する負の感情を切りとりました。貴方様から流れていた感情は一気に審神者へ向かったみたいですね。どうなってますかねぇ」
欠伸をかみ殺して私は一期一振に審神者の部屋へと案内してもらう。
そこに居た・・・むしろあった、と言いたいんだが・・・居たのは真っ青な顔で脂汗を浮かべ悶える少女の姿だった。
私には一期一振が貯めに貯めていた怨念を一気に受けた黒い塊にしか見えない。まるでGの名を持つ害虫のようだ。
「ダメだこりゃ。人間一人が許容できる範囲超えちゃってるね」
彼女から伸びている縁・・・おそらく両親や親戚の類に向かっているものだとおもうのだが、そちらに向かってじわりじわりと伸びている。
ご愁傷様。彼らはお金でどうとでもなる平民じゃないんですよ、摩訶不思議な力を持った刀剣男士様ですよ。
「一期一振様。そこでのた打ち回っているソレはもう助かる見込みもありません。大変申し訳ありませんが、今すぐにソレと皆様の縁・、つまり契約を切るわけには行きませんが重傷の方から手入れ部屋へ連れて行っていただいてもよろしいですか?」
「は・・・はぁ・・・」
一期一振は力も居るだろうと先に岩融や同田貫などと言った力のある刀剣男士たちを連れて来てくれる。
廃人寸前のお嬢様(笑)のお眼鏡には叶わなかったのだろう彼らは手入れされたようすもなくぐったりとしている。
一度その二口を手入れし、同田貫にその場にじっとしているように言う。
そのまま先ほどしたように胸元から伸びている呪の縁を根元から切り落とす。
岩融は体が大きいので先に終わった二口に体を押さえてもらう。無理に感情を切り落とす、というのは切り落とされた側も相当な負担となる。
同田貫と岩融、二口の呪いもまた審神者の体を蝕む。もう叫ぶことすらできないのかもしれない。
「それでは一期一振様、岩融様。重傷の方から順に手入れ部屋へお願いします。後同田貫様。納屋かどこかに鋸や鉈がありましたらそちらを持ってきていただいてもよろしいですか?・・・あの注連縄のような太さを持った糸を切るのに鋏では心許ないので」
彼らはそれぞれ頷くと移動を開始した。
結果から言って黒も黒。真っ黒。はい、大勝利。
危険手当もがっつりいただきまして私の通帳も潤います。
一時的にあの小娘から私に契約を移し一口一口希望を聞いていく。
小娘が鍛刀したという短刀や脇差、打刀は刀解を希望した。
初期刀は「優しかったころに戻ってほしかった」と言って本霊に還っていった。
多分無理だよ。アレには刀剣男士以外の呪いもぎっちり流れていたからだ。アレを辿れば奪われた刀剣の元主にたどり着けるかもしれないなぁ。
「ねえ、僕は君についていきたいんだけど」
にっかり。
名通りに笑った男に私は微笑み返す。
「にっかり青江様は刀解をご希望ですね」
「うん聞いてないね」
「申し訳ありませんが私は審神者ではありません。基本的に浄化部では石切丸様や太郎太刀様と言った浄化に特化した刀剣男士様を連れ歩くことが多いので」
「でもさぁ、君このままじゃ死んじゃうよ?」
「人はいずれ死ぬ生き物です」
次の方ーと言うと部屋に入ってきたのは丁度話題に出た石切丸だ。彼は私の顔を見るなりぎょっとした表情になる。
「・・・その、失礼だが君は・・・人間、なのだろうか?」
「はあ・・・。生まれてこの方人間以外の生物になった記憶はありませんが」
何を言ってるんだこの刀たちは。
「幽霊は信じているかい?」
「いいえ。私は自分の目で見える物しか信じません。幽霊は見えませんから信じません」
同じ理由でUFOもUMAも信じてない。ロマンが足りないと言われるがロマン不足で死ぬわけがない。
「・・・そうか。だから、だろうか」
何か勝手に頷く石切丸になんだこいつという気持ちでいっぱいになる。
「マシになるかはわからないけれど、お祓いをさせてくれないだろうか?そのあとは・・・そうだな、刀解してほしい」
「はあ・・・分かりました。では石切丸様の刀解は最後になりますね」
丸一日かけて刀解を終えて、さらに二日かけて元の主を探しだし、一日がかりで石切丸にお祓いされる。
「眼精疲労からくる肩こりが少しマシになりました。ありがとうございます」
「ああ・・・なるほど・・・そういう形で出てくるのか」
石切丸は優しく微笑むと私の頭を軽く撫でる。
「私を刀解するのが君のような優しい子でよかった、そう思っているよ。それに君が思うより青江は優秀だ。連れて行ってあげてくれないかい?」
「え?刀解希望じゃなかったんですかあの人。てっきり場を和ませる小粋なジョークでも言ったのかと」
ははは、と石切丸が笑う。
「きっと今の君なら大丈夫だけれど、ね。『君』が『君』である限り害されることはない」
はあ・・・と気の抜けた返事をする。
ありがとう、という声と共に石切丸が消えていく。
刀解は終わった。さて、と後ろを向くと白装束を肩にかけた男が微笑んでいる。
「うん、流石神刀。大分減ったね」
「何がですか」
しかしにっかり青江はそれには答えず曖昧に笑うだけだ。
「僕はにっかり青江。君も変な名前だと思うだろう?」
「確かに面白い名前ですね。じゃあよろしく」
何かくっ付いてきてしまったものは仕方ない。
面倒な同居人が増えたと思おう。
浄化部に戻ってから「あ、君今日からブラック本丸対策部と兼任ね」と上司に言われて膝から崩れ落ちることとなった。
江雪左文字じゃないけれど、この世は地獄です。
浄化部以上に対策部はカオス極まっていた。
「楽しそうな日々が送れそうだねぇ」
・・・じゃねえよこのにっかり野郎。