逆さ星に願いを


しんしんと雪が降り積もる夜。
私は夜間警護も兼ねて本丸の廊下を歩く。
何処までも広がる白は板が立てるぎいぎいという音を飲み込んで消していく。
「燭台切光忠?」
「あれ、ロボ子ちゃん」
寝巻姿の燭台切光忠は私の姿を認めてはっとした表情になる。
「眼帯ですか?」
「あー・・・見ちゃった?」
普段眼帯を付けている右目を隠しながら燭台切光忠は眉をへの字に曲げる。
「ええ、見えました。しかしアナタに忘れろと命じられればメモリーを削除しますので安心してください」
彼は口をパクパクとさせ、やがて「誰にも言わないならいいよ」と眉を下げて笑う。
「秘密ができちゃったねー」
「これが俗にいう二人の秘密というものなんですね」
真顔でうなずくと燭台切光忠は噴出して笑う。
「ロボ子ちゃんって真面目だよね」
「機械に面白さは必要ありません。まして私は戦闘用です。手足が動き、敵の討伐さえ出来れば何の問題もありませんから」
座ろうよ、と燭台切光忠に促され二人で並んで縁側に腰掛ける。
いつの間にか雪は止み、雲の切れ間から月と星が顔を出す。
「そういえばロボ子ちゃんっていくつ?・・・からくり人形には年齢はないか」
「目覚めたのはこの本丸に来る直前です。それ以前のメモリーはコアには記録されていますが厳密には私が経験したものではありません」
へえ、と相槌を聞きながら話を聞く燭台切光忠は楽しそうだ。
「燭台切光忠」
「ん?どうしたの?」
「こんなつまらない話の何が面白いのですか?」
「そうかな?僕はロボ子ちゃんと話すの楽しいから好きだけど」
楽しい。
この話は燭台切光忠にとっては楽しい話らしい。
そういった感覚を搭載されていない私には理解ができないがそれで楽しいのであればそれでいい。

「・・・・・・私を造る元となった人間は、確か19歳ほどだったと思います」

燭台切光忠の視線を感じるが、私は前を向いたままぽつりと漏らす。
培養液に沈められた可哀想な少女。
運命を予見しながら戦うことをしなかった。そうして私「たち」は造られた。
「そんな年の女の子が戦うなんて・・・」
「それを言ったら短刀達は私たちよりも年下になります。彼らを戦わせることの方が非人道的では?」
「でも僕らは刀だからね」
「それを言ったら私は機械です」

しん、と沈黙が場を支配する。

「何やってるんだ、お前たち」

「大倶利伽羅ですか。こんばんは、いい夜ですよ」
不審者を見るような大倶利伽羅は燭台切光忠の姿を見て大げさにため息を吐く。
「部屋に戻ってこないと思ったら何をしてるんだ」
「あ、ごめんごめん。心配かけちゃったね」
カラカラと明るく笑う燭台切光忠に、大倶利伽羅は大げさにため息を吐く。
「別に心配はしてない」
そういう彼の声には安心したような物が混じっているのでそれを告げると同時に頭に大倶利伽羅の拳が降ってくる。
「心配はしていない」
「そうですか?しかし声のトーンが普段よりも」
それでも続けようとすると大倶利伽羅は普段よりも仏頂面になり私の頭に手刀を入れ始める。
「倶利伽羅君、ダメだよ、女の子に暴力振るっちゃ」
「大倶利伽羅やめた方がいいです。手を負傷します」
機械を殴らないでください、と続けると大倶利伽羅は舌打ちをしながらも止めてくれる。
「本当はとってもいい子なんだよ、倶利伽羅君は」
燭台切光忠はそう言って私に耳打ちしてから大倶利伽羅に座るように進める。
大倶利伽羅は仏頂面のまま縁側に腰掛ける。
「二人は仲が良いのですね」

「もちろん!」「よくない」

これは仲がいい。
私の中に残る「四季の記憶」が、ふっと笑みを浮かばせる。
彼女は孤独だった。延々続く歴史と能力を守らなければならなかった。
そんな彼女には友と呼べる人物は存在し得なかったし、身内ですら気を許せるものでもなかった。

「羨ましい」

そう、「四季」が告げる。
「どうした」
「いいえ、なんでもありません」
相変わらず大倶利伽羅が私を見る目は奇妙な物を見る目だ。
「それより俺に付きまとうのはやめろ」
「いいえ。それは出来ません。燭台切光忠に頼まれていますから」
それを聞いた大倶利伽羅が燭台切光忠を睨む。
「だって倶利伽羅君いつも一人だから心配なんだもん。ロボ子ちゃんと一緒にいるの楽しいし、倶利伽羅君もそう思うでしょ?」
「思わない」
ばっさりと切り捨てられる。
「あ、大丈夫だよロボ子ちゃん。倶利伽羅君照れてるだけだから」
「ツンデレというものですね、わかりました」
ひとつ頷くと大倶利伽羅がまた舌打ちをする。

人は星に願いをかけるという。
「四季」。アナタは―?

「そろそろお開きにしましょう。大倶利伽羅、アナタは明日出陣だったはずです」
「誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ」

機械に感情は要らない。
それでもこのくだらなく、何の意味もないやり取りを大切だと思えるのは故障なのか、それとも「四季」の意志か。

「おやすみなさい、燭台切光忠、大倶利伽羅」

せめて逆さまの星に願いをかけられるように。


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タロット No17 The Star
正位置の意味
希望、ひらめき、願いが叶う。
逆位置の意味
失望、無気力、高望み。