幽霊の女と初期刀



「ここが本拠地になる場所か」

広い庭をぐるりと見回し独り言をつぶやく。
それに返す者は誰もいないがそれはいつものことだ。
何となしに思いついて手のひらを太陽に透かすと、それはそれは綺麗に透けて見える。

何故ならアタシは幽霊だからだ。

幽霊、というよりは人魂を媒体にした「呪い返し」の呪い。
取付いた人間を悪意から守り、その悪意を跳ね返すために仕立てられた元人間。
面倒くささに顔をしかめてすいっと浮かびながら移動する。
両の足は足首から下が切り落とされている。それはアタシを呪いに仕立て上げた母がどこにも逃げないようにする為。
その名残である足枷は今も右足にはまったまま取れることはない。
ただ歩けることを認識した現在は自由に動くことができるし、人形に憑いておくことで分割した意識で出歩ける。
それもこれも、審神者にさせられたからだ。
お上の人間というのは死人すらこき使うらしい。なんというブラック企業。
そんなぶすくれ顔のまま本丸をすいすいと見て回る。

アタシたちの父は陰陽系の家系で、アタシたちの母は巫術師系の家系だった。
とはいえその婚姻は正式なものではなく、不義の子としてアタシと姉の**は生まれてきた。
実母はそんな関係をすっかり棚に上げ実子を残すことに躍起になった。
生まれてきた双子を見て実母は、作り出してしまったのだ。
双子の片方の命を使って、もう片方を一生守り続ける呪い(まじない)を。
そうして、生まれて間もなく双子の妹は実の母の手によって殺されることとなり、動くことも喋ることも出来ずに姉へ憑く事になった。
姉は無自覚に悪意を跳ね返し、浮気相手の子供ということもあり実父の正妻は何度も殺そうと手を下そうとしたもののことごとく失敗し、姉は生き続けた。

まあ、そんな姉も自分にくっついている呪い(まじない)の正体をしって自殺してしまったけれど。

そんな経緯もあり消滅まで大人しく封印されていたところを人手不足だと叩き起こされた為とても機嫌が悪い。
もう200年以上前に死んだ人間を何だと思っているんだ。ふざけんじゃねえぞ、政府のくそじじいどもが。
とはいえ自分から相手を呪い殺すことも出来ないカウンター専門家のアタシには対抗する手立てもなく、終わった暁にはきちんと浄霊してくれるという話なので仕方なしに流しておく。

「君の高い霊能力を審神者として役立ててほしい」

アタシが叩き起こされたのは西暦2205年。
アタシが生まれたのはいつだったか・・・?と考えて200年以上経っていることに気づいて愕然とする。
まだ消えてなかったのか、アタシは。
そんなショックを見て見ぬふりで説明されたのは、歴史を変えようとしている集団が居るということ。
歴史修正主義者と呼ばれる奴らは過去へ飛び、歴史を変えるために攻撃をしているらしい。
そして審神者というのは物の思いを具現化させる能力者だという(付喪神を呼び出すようなものなんだろうか?)。
Noと言えない日本人、というわけでもないがNoと言わせてもらえない状況でアタシは選ばされた刀と共に過去へと飛ばされたのだ。

「のどかな・・・田舎ね」
**が住んでいたのも特別都会というわけではなかったが、時代が違えば風景がまったく違う。
**の目線で見ていた世界とは別物の風景にため息を吐く。
とっとと終わらせてしまいたい。歴史修正主義者だかなんだかしらんが全て倒してしまえばいい。
「そういえば刀剣男士とやらはどこにあるのかしら。ある、っていうか付喪神だから・・・いる?」
刀についてる神様、ね。随分と大層なものだわ。
ふらふらと壁を抜けながら本丸探索を続ける。
「お、おんしが新しい主か。随分と可愛らしい嬢ちゃんじゃのう」
部屋から廊下へ出ると、その途端に声をかけられる。
振り向くと腰に刀をぶらさげた男が歩いてくるところだった。
橙色の着物に、右半身には胸当てをしている。ぼさぼさの髪を結っていてどこか・・・田舎くさい。
どこの方言かしら、と内心首をかしげつつ「アンタが刀剣男士?」と尋ねるとそうだと返事が戻ってくる。
「わしは陸奥守吉行じゃ。坂本龍馬の佩刀として知られちゅうね。」
「ああ、坂本龍馬」
物は持ち主に似るんだろうか。言われてみればどことなく雰囲気は教科書で見た坂本龍馬だ。
・・・とはいえ、アタシは**が生きていたころに彼女が見てきた景色くらいしか知識はないし、**自身もさして歴史に興味があったわけでもないので「そういえば教科書に載ってたわね」「そういえば偉人伝とかあるわね」程度しか知らない。
政府はなんだってこんな歴史初心者に任せようと思ったのかしら。完全に人選ミスってるわ。
こちらの時代に渡る前に渡されたノートPCを開く。
強い未練を持った怨念が物を動かせるように、アタシも人には触れられないが物には触れられる。
「えーと、むつの・・・かみ・・・っと。ああ、あったわ」
確かに坂本龍馬が所持していた刀だと記載されている。
陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)。刀ってこうも面倒な名前ばかりなのかしら。
ごちゃごちゃしている、と思ってしまうあたりで**があまり勉強は得意でなかったことを思い出す。
「んじゃ、アンタの事はむつもりって呼ぶわ。よろしく、むつもり」
「お・・・おお、それは構わんが」
困惑顔でむつもりは顎を撫でる。
人型になって早々こんな悪霊に絡まれているのだそれは困るだろう。とは言え今更性格も変わることもないのでそのまま気づかなかったことにしておく。
「ほれ」
ずいっと手を差し伸べられて、思わずその手とむつもりの顔を交互に見る。
何往復かしたところでふと気づく。
「・・・・・・握手?」
アタシは人には触れられない。それはこの人型になった付喪神にも通用するはずだ。
それとも元が神様だからノーカンなの?
考え手を出しあぐねていると、むつもりの表情がぽかんとしたものへ変わっていく。
「す・・・透け・・・!?」
「ん?話聞いてないの?」
何だ。ただ単に聞いていなかっただけか。
そこでようやくアタシの足がないことやら体が透けて背景が丸見えなことやら、目の前にいるモノが人間でないことに気づいたようで大げさに飛び退く。
「おまん・・・何モンじゃ・・・」
「人畜無害な悪霊よ。そんでもって今日からアンタの新しい主」
完全に相反した自己紹介もむつもりは聞いているのかいないのか。
「安心してよ。アンタがアタシに害をなせないように、悪霊って言ってもアンタを害する能力はないもの」
すいっと近づけばむつもりは一歩下がる。
・・・・・・確かに生きてはいないが流石に傷付く。
まあ、いい。

「さ、歴史改変者共を倒しに行きましょ?」

にっこりと笑ってやれば、むつもりはぎこちなくうなづいて見せる。
これから先どうなるのかは分からない。
人生のやり直しも、それはそれで面白いかもしれない。


これは、人ならぬ審神者と、刀に付いた付喪神のお話。