雲が晴れたら


『皆さん、お帰りなさい』

新しい本丸に移って1年が過ぎた頃だった。
太刀以上の種類はほとんど居ないままだったが短刀と脇差は揃い、打刀も少しだが増えてきた。
「あるじさま!きょうもがんばっててきをたおしました!」
「あ、今剣ズルいよ!主様!僕も頑張ったよ!」
短刀達がわぁわぁと騒ぎながら審神者に群がる。
『御手杵さん?どうしましたか?』
部隊長を任せていた御手杵の顔色が良くないのを見て審神者が声をかける。
無言で御手杵が差し出した太刀を見て、審神者の顔から徐々に血の気が引いてくる。
「兼さん・・・!」
本日は待機組だった堀川がその太刀を・・・和泉守兼定を見て嬉しそうな声を上げる。

「主、刀解しよう」

感情の抜け落ちた声で御手杵がそう進言する。
「な、御手杵さん何言ってるんですか!ここには同田貫さんの他には燭台切さんしか太刀がいないんですよ?大太刀もいないですし、兼さんを顕現させた方が・・・」
『二人とも、落ち着いてください』
顔色の悪いまま審神者がパソコンを使って喋る。
『怪我をしている人は手入れ部屋へ来て下さい。御手杵さんは和泉守さんを鍛刀部屋へ連れて行って下さい。・・・顕現は、明日やります』
審神者の言葉に食ってかかろうとした御手杵を止めたのは同田貫だ。
「てめえも怪我してるだろ、とっとと手入れ受けてこい」
そう言って刀の状態の和泉守を取り上げる。
「お前も手入れ部屋に行け」
同田貫の言葉に頭を下げてから審神者は手入れ部屋へ向かっていく。
「・・・これ以上アイツを甘やかす訳にもいかねえだろ」
「お前はまたあの時と同じになってもいいっていうのか?」
同田貫は話にならないと和泉守兼定を持ったまま引っ込んでしまう。
「あの・・・主さん、兼さんと何かあったんですか?」
「・・・・・・まぁ、色々、な」



「・・・なんて事もありましたね」
「そうだなぁ」
演練会場で審神者と和泉守が和気藹々と談笑する。
相手側には審神者の「前の本丸」の面々が立っていた。困惑する者、見下す者。表情は様々だ。
「和泉守さん、申し訳無いのですが同田貫さんと御手杵さんが相当気が立ってしまってます。部隊長としてまとめ上げをお願いします」
「任せとけ。・・・にしても向こうの俺、アンタのこと睨みすぎじゃねえ?」
「・・・・・・彼が一番私にトゲがありましたから」
困ったように笑う審神者に和泉守は頭をポンポンと叩いてから演練メンバーの方へ向かう。
「同田貫さん、御手杵さん。落ち着いて戦って下さいね。皆さんの練度、メンバー編成を見れば索敵さえ成功すれば勝率は上がります」
「・・・・・・お前は本当にお人好しだな」
同田貫の言葉に審神者は「そんな事はないですよ」と返す。
同田貫も第一部隊の方へ向かっていく。
「御手杵さん」
「何だよ」
ぶすっとした表情が可愛くて仕方ない。審神者はクスクスと笑う。
「な、笑うなよ!お、俺はアンタが心配で・・・」
「分かってますよ」
そう言って審神者は御手杵の手を握る。
「確かに私は前の本丸ではとても辛かったです。誰にも必要とされず、誰からも笑われて。でも今は違います。御手杵さんが私と生きていきたいと言ってくれたとき、どれだけ私が嬉しかったか分かりますか?」
「主・・・」
名を呼びたいという衝動に駆られたが、この場で主の名を呼んではいけない。
「勝ってください・・・、いえ、勝ちましょう。今此処に居る和泉守さんは、前の本丸の和泉守さんとは別の人です。私が間違えばそれをきちんと正してくれる。皆さんが私を信じてくれるように、私は皆さんを・・・御手杵さんを信じています」
ぎゅうっと強く握られた手から送られた霊力はとても心が温まるものだ。
「任せておけよな」
第一部隊を送り出すために顔を上げると、前の本丸の和泉守と目が合った。

ああ、まだ私を憎んでいるのか。

自嘲するように審神者は微笑む。
『主、敵方の陣形を確認した。逆行軍。こちらは雁行軍で行く』
「はい・・・どうやら向こうの刀装は並ばかりです。刀装をがす役、その後の奇襲をかける役に分かれてください。乱君、右に旋回して敵方薬研を迎え撃って下さい」
和泉守の声にそう返し、インカムで指示を出し戦場を見る。
今し方指示を出した乱は兄弟刀の薬研と打ち合って居る。じいっと見つめ
「乱君、次は上から来ます」
向こうの動きから予測した行動を伝える。
「お触り禁止ぃ!いくら薬研兄だからって容赦しないからね!」
敵方薬研の本体がはじき飛ばされ重傷を負った。
『・・・薬研兄は、主が酷い目に遭ってても助けなかったんだよね』
インカムの存在を忘れているのか乱がそう言う。
『・・・・・・そうだな。彼女が誹られているのを何もせずに見てた。俺っちも十分加害者だ』
乱はサイテーと罵ってから向こうの和泉守の方へ向かっていく。

どうしよう、と審神者は頭を抱える。
同田貫や御手杵だけじゃない。
顕現させてからも審神者がトラウマを発動させて面倒をかけてしまった和泉守、初期のころから居る乱がこうして自分の為に戦い、怒ってくれる事がとても嬉しい。
性格が悪いなぁと自嘲しながら戦場を見つめれば、粗方決着は着いていた。
「へっ、アイツの所じゃ強くなんざなれねえだろうよ!」
敵方和泉守の斬撃を受けた同田貫が倒れる。重傷、戦闘離脱だ。
「あ?誰が強くなれねえって?」
ボロボロになった同田貫がニヤァと笑う。
和泉守の体が傾いた。
小夜と乱の攻撃が彼の刀装をがす。彼は痛みに顔をしかめたが二人をまとめて吹っ飛ばす。
「・・・この復讐の主役は僕たちじゃない」
乱は離脱してしまったが、小夜は傷だらけだが立っていた。
ぼそりと吐き出された言葉に敵方和泉守が意味が分からない、と言った表情になった瞬間、

「俺は突くしか出来ないからなぁ」

淡々と感情の抜け落ちた声がし、敵方和泉守の心臓を槍が貫いていた。
引き抜かれた槍、崩れ落ちる敵方和泉守。
決着はそこで着いた。
勝利ランクBという結果ではあるが、審神者にとっては何よりも嬉しい勝利だ。
「お疲れ様でした。同田貫さん、乱君。痛むところはありませんか?他の皆さんも離脱はしてなくても怪我を・・・」
「落ち着いてよ主!演練の怪我は治るんだから」
乱の言葉にそうでしたね、と審神者が苦笑を浮かべる。
「御手杵さん、お疲れ様でした。格好良かったですよ」
「へ!?」
ぼうっと空を見つめていた御手杵は審神者の突然の言葉に耳まで真っ赤になる。
「わー、御手杵さん照れてるー!」
乱がクスクス笑うと御手杵はうるせえ!と顔を背ける。
そこで御手杵は向こうの和泉守がこちらを凝視している事に気付いた。
口だけでニタリと笑う。

【お前の居場所はここじゃない】

口の動きでそう言ったのが分かったのだろう相手の顔が歪んだ。
「さて、帰ろうぜ!今日の演練は終わりだろ?」
「はい。皆さん本当にお疲れ様でした。帰ってお茶にしましょう」
そう言って審神者は自然と御手杵の隣に並んで歩く。
それがどれだけ嬉しいか。
槍の癖にとは思う。

「あ、晴れてきましたね」
曇り気味だった空は雲の切れ目から太陽の光が見え始めている。
ゲートをくぐって空を仰いだ審神者が呟く。
向こうから刀剣たちのお帰りなさいという声が聞こえてくる。
出迎えの刀剣たちに囲まれ笑う主を見て御手杵も口元に笑みを浮かべる。

やっと、彼女の居場所が出来たんだ。

「絶対に俺が守ってやるから」

「御手杵さーん!お茶にしましょう!」
おう、分かった、そう返して彼は機嫌よく玄関をくぐった。