無口な彼女に優しい世界
彼、蜂須賀虎鉄は困っていた。
別にこの本丸の生活に不便があるわけではない、真作であるというのに畑仕事をさせられるのももう慣れた。
「一体君たちはいつまでそうしているつもりなんだ」
審神者の私室。幼い彼女を守るように審神者の両脇に座る同田貫と御手杵。
彼らは審神者に対しては非常に甘い。
不手際があればそれはきちんと注意するし、何か間違いがあればもちろん怒る。
しかしそれとは違った意味で、甘い。
蜂須賀は審神者が「この」本丸にやってきて最初に顕現させた打刀だった。所謂初期刀と呼ばれるうちの一本。
彼が人の体を得て最初に見たのは審神者の笑顔・・・と彼女を守るかのように両脇を固めた太刀と槍。思いっきり睨まれている。
幼少期の心の傷で上手く喋ることが出来ないと御手杵から説明も受けた。
しかし、それにしてもなんだこの過保護具合は。
「はじ、めま・・・して、はち、すかさん」
どうやらそれだけ言うのが限界だったのかげほげほと咽る審神者の背を優しく摩る同田貫。
こいつこんなんだったっけ?
ある程度他の本丸にいる「蜂須賀虎鉄」との意識共有も出来るため考え込む。
が、この男は戦バカのはずだ。病弱そうな審神者に優しくする機能は搭載されていないはずだ。
『申し訳ありません。蜂須賀さん。この通り霊力も弱い私ですが頑張っていきますのでよろしくお願いします』
ふわりと微笑む審神者は弱々しくはあれど、本人が言うように霊力が弱いようには見受けられない。
そこで蜂須賀は気付いたのだ。
審神者の両脇を固めた太刀と槍が彼女を守護し霊力を増幅させているのだ、と。
「ああ、よろしく頼むよ。・・・ところで、俺は初期刀ではないのか?」
「その話は長くなるから後でする」
兎にも角にも蜂須賀はこの本丸へやってきた。
同田貫と御手杵から受けた説明を聞いて、彼らの過保護具合もよくわかった。
この男たちは少女の境遇に自分を重ねている。
だからこそ彼も前の本丸に居た刀剣たちのようにならないようにしようと心に誓ったし、同田貫たちがしているように審神者が間違っている時は理不尽にならぬように正すよう心がけた。
この本丸が機能してから一週間。
同田貫と御手杵が彼女の側を離れることはほとんどなかった。
夜警も二人が一日交替で行い、昼間もどちらかが警護と称してくっ付いて歩く。
過保護にも程があるだろう!と蜂須賀は言いたかった。
もしかしたら前の本丸に居た蜂須賀や今剣が彼女に何かをしたのかもしれない。そう思って聞けば前の本丸にはその二人はいなかったという。何と言う理不尽。
「何かあったらコイツが危ないだろ?」
「室内で本体を振り回すな。天井に穴が開く」
蜂須賀に冷たく言われしょぼんとした顔になった御手杵を審神者は『本丸なら危なくないですよ』と言いながら彼の頭を撫でる。
反対側の同田貫が何かそわそわしたように見えるのは気のせいだと思い込むことにした。
「何にしろ出陣もしなければならないんだろう?」
『はい。蜂須賀さんも今剣君も練度がまだ低いですから刀装を付けて無理せず進軍していこうと思うのですがいかがでしょうか』
「ああ、俺も今剣もそれで問題ないよ。じゃあまず刀装を作るところからかな」
お願いします、と審神者は言って立ち上がる。
近侍は蜂須賀・・・なのだがもれなくセットであの二人もくっ付いてくる。何故だ。
近侍ではないし、遠征でも内番でもなければ自由行動していていいはずだ。
親、もしくは兄のような二人の殺意(に限りなく近い何か)の視線を受けながら蜂須賀は審神者と共に刀装作りを開始する。
結果は特上と並が一つずつと残りは上。
『蜂須賀さん!やりました!ありがとうございます!』
「いいや、俺じゃなくて君の力だろう」
嬉しそうにぶんぶんと首を横に振る審神者を見ていると、確かに庇護欲がわいてくるのがわかる。
背後二人は常軌を逸しているが。
しかし審神者が嬉しそうに笑っているのを見て背後二人もどことなく嬉しそうである。
まあ、この審神者ならきっと大丈夫だろう。
蜂須賀は微笑み、出来上がったばかりの刀装を装備し、4人で今剣の元へ向かった。
彼らの初陣は勝利で飾られ、戻ってきた二人は非常に歓迎された。
なんだ、こんな風に笑えるのか。
心の底から嬉しそうな笑顔を見て蜂須賀も今剣も嬉しくなる。・・・背後二人が居なければ。
『お二人も無事に帰ってきましたし、ご飯にしましょう!』
5人という少人数でも、人が変わると食卓も変わる。
楽しそうな審神者を見て同田貫も御手杵も心が暖かくなるのを感じた。
「やっぱ新しい本丸に移ってよかったと思うんだよ」
「まあな。蜂須賀も今剣もアイツの事受け入れてるしな」
本日二人が任されているのは馬当番。
武器が!とは思うが二人が大事に思う審神者からの任命だ。文句は言うまい。
向こうの方から蜂須賀の「土がつく!」という悲鳴や「わぁ、むしがいますね!」という今剣の楽しそうな声が聞こえてくる。
鍛練場からは昨日新しくやってきた乱と小夜の打ち合いの音が聞こえてきて、徐々にここもにぎやかになってきた。
新しく来た刀剣たちにも審神者の具合や彼女の特異体質については話しておいた。
乱に関しては「女の子に対して酷過ぎる!早目に見限ってよかったよ!」と激怒した後半泣きになりながら「僕はそんなことしないからね!」と審神者に抱き着いた。
保護者二人の空気は固まったが、審神者は気付いておらずありがとうと小さな声で言うと乱を抱きしめ返す。
乱も立派な男だが見た目は少女のようなこともあって審神者も彼にはすぐに打ち解けたようだ。
小夜に至っては「そいつらに復讐する?」と自身の本体を取り出して審神者に慌てて止められていた。
乱の言う通り早目に見限ってよかったのだ。
審神者は前の本丸も心配なのか何日間かは連絡を取っていたが霊力も高く中々の好青年だったこともありほっとしていたようだ。
「アイツは優しすぎるんだよ」
吐き捨てるように同田貫が言う。
もうあそこは彼女が居るべき場所でも気にするべき場所でもない。それなのに自分が捨ててしまったのではと心を痛めている。
「ま、それもアイツのいいところだ・・・ぎゃああああ!」
馬に顔を舐められた御手杵が悲鳴を上げる。
「こいつら絶対俺の事槍だと思ってないよな」
「普通は思わねえな」
マイペースにもしゃもしゃと餌を食む馬を見て同田貫はそう返す。
顔洗ってくる、と御手杵は厩を離れる。
井戸から厩へ戻る途中、庭でしゃがみ込んでいる審神者を見つけて歩み寄る。
「お、何してるんだ?」
御手杵さん、と名を呼ばれたのが口の動きで分かった。
審神者が指をさした方を見ると花壇が出来上がっていた。
「何だ、こういうの作るなら俺らを呼んでくれればよかったのに。俺は刺すしか能はないけどこれくらいなら手伝えるし」
『内番の邪魔になったらいけないと思って・・・あ、よかったら一緒に種を植えませんか?』
「お、いいぜ。なら他の奴らも呼ぼうぜ。ちなみに何の種なんだ?それ」
御手杵の言葉に審神者ははにかんだ笑顔を見せてヒマワリだと答える。
その後現在揃っている面々でヒマワリの種を花壇に埋める。
「さくのがたのしみですね!」
「向日葵って夏の花だよね?きっとその頃にはもっと仲間も増えるだろうし」
「兄様たちも来てくれるかな・・・」
短刀たちのはしゃぐ声を聞きながら、ふっと審神者の表情が少しだけ陰った。
「主」
「・・・?」
どうしましたか?そんな意味を込めて審神者は蜂須賀を見つめる。
「せっかく種を植えたんだ。きちんと花が咲くまで世話しないとね」
その言葉に審神者はクスクスと笑い声を上げる。
『ではみなさん、手を洗ってお茶にしましょう』
はーい、と短刀三人は井戸の方へ駆けていく。
「俺は、主が前の本丸でどれだけ傷付いたのかは知らないけれど・・・出来たらここにずっと居てほしいと思ってるよ」
蜂須賀は上品な顔に薄く笑みを浮かべて井戸の方へ向かっていく。
審神者は蜂須賀のその言葉を飲み込むように視線をさまよわせていたかと思うと突如泣き出す。
「お、おい!?」
「どうした!は、腹でも痛いのか!?」
何か顔を拭けるもの、と慌てて自分の持ち物を見ても二人とも馬当番をしていたために汚れた手拭いしか持っていない。
「わ、たし、ここに、いて、も、いいのかな」
しゃくりあげる中絞り出された言葉に二人は審神者の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱す。
「ったりめえだろうが。何のために俺たちがついてきたと思ってるんだ」
同田貫の言葉に審神者が笑顔を浮かべる。
「そうそう。アンタの事嫌いならついてk「あー!!主を泣かせてる!!」・・・乱?」
中々審神者が来ないのを不審に思ったか乱が小走りで戻ってきた。
そして見たのは同田貫と御手杵に挟まれて(いるのはいつものことだが、)泣いている審神者。
乱が二人を見る目は完全に不審者かロリコンを見る目つきだった。
「主!行こう!!早く拭かないと腫れちゃう!」
審神者の腕を引っ張って小走りでその場を離れる。
「お、おい!俺らが泣かせたわけじゃ・・・待て乱!!」
「アレ、完全に誤解してるよなぁ」
どうしてこう損な役回りなんだ、と御手杵がボソッと零す。
それでも、自分たちの主が楽しそうならそれでいい。
同田貫は自分の髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、御手杵はため息を吐きながら大広間へ向かって行った。
普段なら審神者の両脇は同田貫と御手杵が固めている。
「何だこれは」
蜂須賀は思わずつぶやいて、主と彼女の忠犬(というと言い方は悪いがそうとしか見えなかった)を見比べる。
審神者の両脇には小夜と乱。膝の上に今剣。
本来その位置に居たはずであろう二人はぶすくれた顔で茶を飲んでいる。
「だって同田貫さんと御手杵さんが主を泣かせてたんだもん」
乱はそう言って審神者の腕に抱き着く。
ぴきっと同田貫のこめかみに青筋が立ったのは見なかったことにした。
「主は優しい人だから・・・」
御手杵の顔色が悪くなったのも気のせいだと思うことにした。
「だからぼくたちであるじさまをまもることにしたんです!」
膝の上の今剣がふふんと笑う。
「だから泣かせてねえっての!」
流石に同田貫がキレた。どんっと大きな音を立てて湯呑を机に置く。ほぼ叩きつけると言っても間違いない動作だった。
「何かお前ら俺らに当りキツくない?」
御手杵が短刀三人に聞けば二人ばかり主と一緒に居て羨ましいしズルいというほぼ八つ当たりの内容が返ってくる。
「俺ら関係ないだろ!」
「関係あるよ。いつも主にべったり」
「そうそう。小夜の言う通り!僕たちだって主の事大好きなのに!」
「ずるいですよ!」
短刀達は姿こそ幼いものの打たれたのは同田貫や御手杵よりも遥か前。
これで青年姿の彼らよりも年上なのだ。流石の二人も押され気味である。
「それなら順番を決めて近侍や警護を務めればいいんじゃないか?」
収集が付かなくなりそうなところに救いの手がやってくる。
それだ!という空気になり紙持って来い!筆持って来い!ですぐさま当番が決定する。
「あの二人に自分はここに居てもいいのか、と言ったらしいね」
「・・・は、い。わたし、だれ、からも、ひつようと、されなかった、から」
審神者の言葉を聞いた蜂須賀はフッと笑って騒ぐ面々に目を向ける。
「あれを見てもそう思うのかい?」
「・・・・・・」
そうならいいな、と機械音で返す。
「・・・誰もが冷たいばかりじゃない」
そう呟く蜂須賀の顔も、とても優しいものだった。