戦場と女と刀
「戦場だね」
「戦場だな」
遠くに見える巨大な虫が歴史修正主義者でいいんだろうか。
何とか命を取り留めてから1週間。政府からとうとうお達しが来た。
戦場行って戦果上げてこいやごるぁという内容だ。っざけんなてめぇらの首落としたろかと思ったのだがここでいちごが「我々が出ますよ」と言ってくれた。
とりあえずの所兵法などは分からないし練度に関してもまだ分からない部分が多いので部隊に関してはむねちかといちごに任せる事にして出陣の用意をした。
「金玉できた!」って言ったらいちごに怒られた。解せぬ。
むねちかを部隊長に、いちご、やげん、きよみつ、いまのつるぎ、あつで部隊を組んでもらった。残りの三人はお留守番。
私も弟を片手に戦場にやってきた!・・・怒られたけど。
「っていうか何してるの!?何で来ちゃったの!?」
「え?だって戦うんでしょ?」
弟をぶん回し遠くに見える虫を見れば笑みが浮かぶ。
「まあよかろうて。死んだとしても俺らは責任を負わぬぞ」
ほいさーと返事をして進軍を開始する。
何度目かの戦闘の時だった。
敵側の槍(らしいが私には巨大な虫に見える)のせいで清光が傷を負った。
血が飛び散って、本体の刀も若干傷ができている。
その瞬間私はぷっつりキレた。
「てめえええええええええええええええ!何してんだああああああああああああ!」
女にあるまじき咆哮を上げ、敵槍の首を弟で切り落とす。
ああ、これだ。この害虫駆除をする時の、感触。
ああ、楽しい。楽しい、楽しい!!
「てめえみたいな!虫けらが!美しい刃物を!汚すなんて!許されねえんだよ!!」
首が吹っ飛んだそれにまたがって何度も何度も弟を振り落す。
ぐちゃぐちゃと肉が抉れる音と骨が折れるバキンという音。
何度も、何度も、何度も、何度も。
「それ」が動かなくなったのを確認して、部隊の方に首を向ける。
「ちょっとだけ待っててね。少し害虫駆除してくるから」
敵側の害虫たちも私の存在は想定外だったのか狼狽えた様子が見えたので、まず一匹、腹を捌いた。
内臓がでろりと出てきたのでそれを切り刻んで顔の部分にまっすぐ刃を突き立てる。
腕と足と頭と胴体に切り分けて次の虫はまず腕を切り落とす。
この昂揚感は何とも言えない。
例えばセックスの絶頂のような。それに近い昂揚感を私は害虫駆除に感じているのだ。
「ああ、もう、こいつらの、せいで、きよみつが、よごれちゃった、じゃない」
虫たちが動かなくなっても、私はミンチにするようにぐちゃぐちゃと叩き潰し続ける。
全部完全に潰れたのを確認して慌てて清光に駆け寄る。
「ああ、きよみつ大丈夫?怪我は痛くない?平気?まだ戦える?戻った方がいい?」
虫のせいで汚れてしまった。そんな汚れた手で美しい刃物に触れるわけにもいかないのでとりあえず距離を置いたままそう問いかける。
「だい、じょうぶ・・・アンタは・・・平気なの・・・?」
「これくらい大丈夫だって」
へらへら笑いながら手を振る。
「一度本丸へ帰りましょう。この辺りの敵はもう居ないようです」
「ああ、そう?じゃあ帰ろうか」
帰宅した途端血塗れ(自分の血ではなく敵さんの血である)の私を見てあきたが悲鳴を上げたのは非常に申し訳ないことをしたと思っている。しかも泣かれた。本当にごめん。
とりあえず井戸の水を被って血を洗い流してきよみつを手入れ部屋に引っ張る。
「ああもう。あいつらマジで死ねばいいのに!」
「いや、アンタが殺してたよね?もう死んでるよね?」
そういう問題じゃないのだよきよみつ君や!
「あーあー、綺麗な顔に傷つけちゃって、ほら、手入れするから見せな?」
幸い傷は深くなかったおかげで綺麗に手当ても完了。
「あのさ、アンタは・・・俺の事綺麗だって思うの?」
手入れ道具をしまっているときよみつにそう聞かれる。
「・・・・・・きよみつってさ、刀の付喪神なんだよね?」
「え?ああ、そうだけど」
「知ってるだろうけど、私は刃物が好きなの」
手入れをした清光の刀身に指を這わせる。
刀だけじゃない、西洋刀も好きだし、包丁も好きだし。
はっきり言ってしまえば刃物ならば何でも好きだ。それこそそこらにあるカッターでも、草刈鎌でも。
「私には人の美しさは分からないけど、刃物の美しさは分かる。加州清光という刀はとても美しい。だから、貴方も美しい。それだけは分かるよ」
そっと鞘に戻し、本体を彼に返す。
「・・・本当に?俺、可愛いかな」
「私はかわいいっていうより綺麗だと思うよ」
そっか、ときよみつが笑う。
私は立ち上がって手入れ部屋を後にしようとする。
「俺さ、アンタになら、また、仕えてもいいかなって思う」
その言葉を背に聞きながら私は口元に笑みを浮かべる。
「ダメよ、きよみつ」
え?という微かな声がして振り返れば、彼は美しい紅い瞳をまんまるに見開いていた。
「私は人じゃなくて殺人鬼なんだから。そう簡単に信じちゃダーメ」
口元に人差し指を当ててクスクスと笑う。
鬼に仕えたりなんかしたら、いつかまた足元掬われるかもしれないからね。
「今日はもうゆっくり休みな。私は弟の手入れしてくるから」
「・・・うん、分かった」
「あ、別にアンタが嫌いだとかそういうんじゃないからね?ただ、人間は簡単に信じるんじゃないって言ってるだけだから」
「・・・うん、ありがとう」
今度こそ手入れ部屋を後にしたところでむねちかと鉢合わせになる。
「むねちかは怪我がなさそうでよかったよ」
「刀装が良かったからな。さて、それにしても加州清光が絆されそうになっていたのにもったいないことをする」
「あらやだ、あそこで頷いたら首飛ばす気だったんじゃない?」
悪戯っぽく笑えばむねちかからはさあな、というほけっとした答えが返ってくる。
「我々は刀。振るう人が居らねば力は使えぬ」
「知ってるわよ。だからと言ってすぐに信用するなんてダメだっつってんの」
人間は悪い生き物だ。もちろん私を含めて。
「なるほど。お前も前任のように我らに無体を働く気がある、と」
「というより刃物好き拗らせてるのを自覚してるから本体取り上げた挙句に添い寝とかしそうで怖い。ある程度距離置かないと自分の趣味性癖が爆発しそう。人型のアンタたちというより本体に対して無体を働きそうで怖い」
きよみつは綺麗だ。それは元の刀が美しいからだ。
私は刃物フェチだ。人間に対して興奮することはほとんどない。そもそも虫に見えるしね。
むねちかは私の斜め上の言動にぽかんとした顔。
初日に一度いまのつるぎを取り上げた前科もちなのでこれでも我慢してる方なんだよ・・・。
「なるほど、鬼よりも恐ろしい女子が居たものよ」
はっはっはと笑う三日月は、私と出会った時よりは落ち着いている。
「私はアンタたちの主になるつもりはない。でも傷付いたら手入れはするし、何か必要なものがあれば取り寄せる。人型でいるための何か人身御供か何かだと思っとけばいいよ」
じゃあね、と手をひらひらと振って私は部屋に戻る。
昂揚感は未だ体に残っている。
ああ、楽しい。何て楽しい。
「お前の手入れもしなきゃね」
弟にそう語りかけ、私は砥石を取り出して弟の手入れをし始めた。