陸上娘と伊達男の話


私には前世の記憶があります。
と言ったら大抵の人は病院に行くことを勧めるだろう(勿論頭の方のだ)。

彼女には前世の記憶があります。

「おはよう」
「おはよっす」

そして不思議な事に前世で親しかった人たちも同じように転生していた。
黒い髪にはつむじが2つ。以前「髪ぐしゃぐしゃっすね」と言った所お洒落なんだと呆れられた彼女の女子力は低い。
料理や掃除などと言った家事は一通り出来るがお洒落には疎い。
走りやすいようにと短くした髪の毛、健康的に日焼けした肌。
隣の男の肌が白いのに比べてなんたることか、とたまに思わないでもないが仕方ない。
何故なら彼は前世でもかっこつけさんだったからだ。
「そういえば今度の大会でるんでしょ?応援に行くよ」
「ほんとっすか?へへ、短距離で出るんすよ。今からもうわくわくしてて!」
目をキラキラと輝かせる彼女を彼はいとおしむような目で見る。
伊達光忠。
前世は燭台切光忠。伊達政宗公が青銅の燭台を切った事が由来で名付けられた刀だ。
前世を思い出した時、彼女が思ったことはと言えば『伊達政宗に使われてたから今世の苗字が伊達なんだろうか』という割とどうでもいいことだった。
彼女と光忠は幼馴染。家も隣同士。思い出した時は何だこれと思ったものだ。
前世ではクズ親だったが今世はまともな両親で、泣いた。そして前世で愛情を持って育ててくれた親父殿を思い出してさらに泣いた。
大倶利伽羅も転生しているが、光忠の時と違ってざわりとしなかったのでどうやら自分の本丸ではなく別の本丸の大倶利伽羅が転生した人らしい。
つまり自分以外にも転生している審神者が居るかもしれない。特に演練で仲良くなった『いつこちゃん』にまた会えたらとても嬉しい。
そんなことを思いながら彼女は今日も幼馴染の隣を歩きながら学校へ向かった。

「うげ」
「どうしたの?」

靴箱に入っていた便箋を見て思わず声を上げると、光忠が彼女の手元を覗き込む。
「手紙?」
「あー、まぁ」
一つ言えるとしたら、歴史修正主義者よりも人を棚上げして嫉妬してくる女の方が怖い。
だって歴史修正主義者は女子力(物理)でどうにかなるけれど、こっちはどうにもできない。
伊達光忠という男は、とてもイケメンだ。すっごくイケメンだ。
それに加えてフェミニスト。幼馴染はとってもモテる。
しかし光忠は前世を覚えていないにも関わらず彼女に構う。後大倶利伽羅や長谷部の事も割と構い倒している方だと思う。
対して彼女はと言うと別段醜くもなければ美人でもなく、陸上に青春を捧げるためにトレーニングした体には無駄な肉はついていない。ここは前世で刀剣と分かり合うために山籠もりしたところが強く出ている気がする。
よく言えばスレンダー。悪く言えば貧相。
彼女は乱雑に手紙を広げれば相も変わらずの罵詈雑言が書かれている。
「女は怖いっすねぇ」
「大丈夫?僕から何とか言おうか?」
「うーん、大丈夫。こう言うのって男が入ると面倒な事になるっす」
手をひらひらさせながら彼女がそう言えば彼は困ったような顔をして「本当に?」と尋ねる。
「これでも結構丈夫っすから」
彼女がたたみかけるように言えば、光忠は分かったよ、と頷く。
クラスは別なので教室前で別れる。ああ、放課後が面倒くさい。彼女は頬杖とついて外を見た。

放課後の屋上。ぎゃあぎゃあ喚く女子達を前にして彼女は内心溜息を吐く。
そんなに彼が好きならば告白でも何でもすれば良い物を。それもせずに好き勝手文句を言われてもこちらが困るだけだ。
めんどくさ。
彼女たちが先に暴言を吐いたのだ今度はこちらが言っても良いだろう。
口を開こうとしたその時

「あれ・・・山ちゃん・・・?」

「・・・いっちゃん?」

丁度屋上にやってきた生徒と目が合う。
茶色混じりの黒髪。そして何よりもその顔。
前世で審神者友達として仲良くやっていた『いつこちゃん』そのものだ。
「山ちゃん!こんなトコで何してんの?」
「いっちゃんこそ・・・屋上っすよ?」
ちょっと風に当たりに来たの、と『いつこ』は笑った・・・かと思うと彼女を取り囲んでいた女子達をギロっと睨む。
前もそうだったが、彼女の真顔は非常に怖い。
「何してるの?」
「べ、別にアンタには関係ないわよ!」
という何ともベタな言葉と「アイツ三年の有名な奴よ」という怯え混じりの声。
「ふーん、何でもないのによってたかってるんだ。へぇ」
『いつこ』は彼女の肩を軽く抱くと
「私の友達にちょっかい出すの止めてね?」
とニコリと笑う。
しかしその笑顔が恐ろしい物なのはよーく分かっている。
女子達は舌打ちしたが、『いつこ』が恐ろしいのかそのまま去っていく。
「大丈夫?」
「あ・・・大丈夫っす」
そこで妙な沈黙が落ちる。
「あのさ、今から変な事言うけど頭可笑しい人だって思わないでね」
『いつこ』はそう言い置いてから

「審神者ネーム、山籠もり・・・だよね?」

真剣な表情でそう彼女に尋ねる。
「・・・やっぱりいつこちゃん、っすよね?」
「そうだよ!演練名でいつこ!目が合った時にもしかして、と思ったんだけどやっぱり!」
やはり彼女は笑うと可愛らしい。
いつこ・・・本名は木庭 あかりと言うのだが、あかりがニコリと笑う。
「さっきのはどうしたの?大丈夫だった?」
「いや、ちょっと絡まれちゃってて」
彼女の説明にあかりにすればやれやれと肩をすくめる。
「次にああいうのがあったら私に言いなよ。私、結構面倒くさい奴扱いされてるから名前出せば相手も嫌がると思うよ」
「ええ・・・いっちゃん・・・じゃなくてあかりちゃん何やったの?」
「んー、色々?」
話を聞けば彼女のクラスには同田貫と御手杵、獅子王が転生した人も居て、もう一人審神者の転生者らしき人も居ると言う。
「その三人は私の本丸の刀剣じゃなかったかな。多分同田貫はもう一人の子の所の刀剣だと思う。あ、蜻蛉切は私の所の蜻蛉切だった。先生だったんだけど、解せない」
「いや、蜻蛉切が生徒に混じってる方が違和感あるっすよ」
二人は顔を合わせるとぷっと吹き出す。
その場でお互いの連絡先を交換し、前世トークに花を咲かせながら階段を下りていく。
「あ・・・居た!」
「光忠?」
顔色の悪い幼馴染の姿を見て彼女は首を傾げる。
「どしたっすか?」
「どうした、じゃないよ!Lineしても既読つかないし倶利伽羅君が君が何人もの女子に囲まれてどっか行ったってだけ言い残してどこか行っちゃうし・・・」
とそこまでまくしたてて彼女の隣に立つ上級生の姿をようやく認識したようだ。
「あ・・・もしかして貴女、木庭先生の妹?」
「どーもー、そうでーす。山ちゃんとはさっき知り合って友達になりましたー」
口元に笑みを浮かべるあかりはパッと彼女の肩を光忠の方に向かって軽く押す。
「じゃーねー、山ちゃーん!また今度ゆっくり話そうねー!」
そう言い残してあっという間に階段を駆け下りていく。
「大丈夫?その・・・木庭先輩って結構色んな噂あるから・・・」
光忠はあかりが駆け下りていった方を見つめながらぽつりとつぶやく。
そういえば前世でも色々やらかしていたなぁ、なんてクスリと笑う。
「だいじょぶっすよ。私が囲まれてるの見て助けてくれたんすよ」
ゆっくりと光忠から体を離して彼女は笑う。
「分かった。もう暗くなってきたから帰ろうか」
「そっすね」
彼女がそう返すと光忠は自然な動きで・・・まるでそうするのが当然とばかりに彼女の手を握る。


前世はどうだったかな?

彼女は思い出そうとして、やめる。
前世は前世だ。今思い出してどうこうなるものでもない。
彼の手を軽く握り返すと、彼は見慣れた笑顔で微笑んでくれた。