VS粟田口
「ふんふふーん」
相変わらずの犬の散歩状態だが、エレンは上機嫌に鼻歌を歌っている。
手綱を握っているのは同田貫。その隣を和泉。先頭に一期一振。
変な動きをすれば間違いなく即死のこの状態でご機嫌に鼻歌を歌える彼女に危機感を察知する能力は搭載されていないのかもしれない。
「・・・こちらです」
一期一振が立ち止まったのに合わせ、三人も立ち止まる。
中からは複数人の気配がし、他の部屋よりも二回りほど大きい気がする。
「えーといちご君、弟さんは何人かね」
「鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、平野藤四郎、前田藤四郎、厚藤四郎、秋田藤四郎、乱藤四郎、薬研藤四郎。そして名は違いますが鳴狐と五虎退が同派の兄弟になります」
「おおう、大家族!いいね、兄弟たくさん!」
・・・で、とエレンは同田貫を見る。
「どうは、ってどういうこと?」
「お前ほんっとうに何も知らずにここに来たんだな」
「我々は粟田口と呼ばれております。粟田口吉光作の刀ですので・・・」
「ああ、製造元ってことか!」
元も子もない言い方だ。
「いち兄」
部屋の中から鋭い声が飛んでくる。
その鋭さが名を呼ばれた一期一振に向けられたものでないことはすぐにわかる。
エレンはいつもの声で中に入れてよ、と声の主に語りかけるが、答えはもちろんというかなんというかNo。
「君らのお兄さんに治療頼まれたんだよー。変な動きしたらたぬき君に即叩き切ってもらって構わないから入れてよー」
後ろから何で俺なんだ、とぼやき声。
障子が開いた、とほぼ同時に白い閃光。
エレンは体をしならせてそれを避ける。鼻先がちりっとしたのは完全には避け損ねたからだ。
鼻先をたどって流れてきた液体を舌で舐め取る。もう慣れてしまった血の臭いと、味。
黒い髪のつんつんヘアー。灰色の瞳に敵意をむき出しにエレンを睨む。
「まあまあ、落ち着いてよ。ほら、私この状態だよ。どうあがいても貴方を攻撃したりできないでしょ?」
ほらほら、と背中側で縛られた手を見せる。
「何でだよ、いち兄・・・何でこんな奴連れてきたんだよ・・・」
短刀は構えたまま、その声に不安や悲しみのようなものがないまぜになった。
それは信頼していた兄への失望か、それとももっと別の物か。
「お前たち審神者がいなけりゃ!」
彼はむき出しの敵意を短刀に乗せてエレンに向ける。
同田貫が慌てて手綱代わりにしていた縄を引っ張ったが、彼女は足に力を入れてその場から動くことはしなかった。
肩に深々と突き刺さる短刀。衣服が赤く染まり、同色の液体が染み出していく。
「何やってんだお前!避けろよ!!」
「いったー・・・」
同田貫が短刀を引き抜くと血が噴き出す量も酷くなる。フッと遠くなりかけた意識にしゃがみ込む。
「いや、ここは避けずに受け止めておくべきかと・・・」
縄を外してもらったエレンは肩に手を当てて治癒術を唱える。
先ほどは避けた。だから今度も避けると思ったのだろう。
少年は呆然と金色の髪の少女を見つめる。
「な・・・何で・・・」
「いや、だから受け止めとくべきだと思ったから」
カラカラと明るい笑い声を上げてエレンは立ち上がる。
さー、治療だ治療だと血まみれ衣装のまま部屋に入る。
呆気に取られていた4人は思わずその後ろ姿を眺めていたがハッと我に返り後を追う。
「薬研、やめなさい」
エビぞりに似た体制で、エレンが杖を使い短刀を受け止めていた。
「も、もうエビはいやだ・・・!」
一期一振が何とか薬研という少年をなだめ、エレンは腰が痛いよう、とさめざめ。
「あ・・・・・・エビフライ食べたい。帰ったら作ってもらおう。エビは狩ってくるかぁ」
切替は相変わらず早い。
ぐるりと周囲を見回すが一期一振程酷い怪我を負っている刀剣は居ない。
思わずその事を口走ると部屋にいた全員が一期一振に詰め寄る。
「いち兄どういうことだよ!」
「そうだよ!怪我なんて全然してないって言ってたよね!?」
「少し歩き方がおかしい気がしてたが・・・ずっと隠してたのか!?」
わあわわ、ぎゃあぎゃあ。
皆刀の神様と言えど姿は幼いもの。兄が弟を心配し怪我を隠し通していたように、弟たちも兄を心配する。
「ぐすっ・・・」
「何で泣いてるんだよお前は」
真横で急にべそべそと泣き始めたエレンを見て同田貫が引いた表情になる。
「いやー、家族っていいなぁって。帰りたくなってきた・・・」
沈みかける夕日が更にセンチメンタルな気分にさせてくる。
アドリビトムの仲間たちは元気にしているだろうか。帰りたいとは思うが依頼は依頼。
仕事をきちんとこなしてこそのギルド。信用第一である。
「さて、それじゃあ皆を治療しようか」
そういうと杖をバトンのようにくるくると回して術の詠唱に入る。
「万物に宿りし生命の息吹を此処に リザレクション!」
部屋中を光が包み、ゆっくりと消えていく。
「き、傷が・・・」
五虎退が呆然と自分の手のひらを見つめる。
短刀だから、戦力にならないから。
まともな手入れもされなかった。放置されていた。今自分たちを包んだ光がとても優しく、温かいものだったことに、五虎退はボロボロと泣き出す。
「ふー、いい仕事した!」
相変わらずマイペースに汗を拭く仕草をしている。
「あ、俺・・・ごめ」
「ね、名前なんて言うの?」
謝罪に被せてエレンが名を訪ねる。
「え、と、厚藤四郎・・・」
「あつ君か!さっきの斬撃凄かったよー。びっくりしちゃった!私も短刀使う職業やることもあるから、よかったら手合せしてほしいな。ダメかな?」
刺されたことなどお構いなし、所か刺されたことに対して驚いたと言った挙句にこれである。
責められたわけじゃない、罵られたわけでもない、なのに何故か無性に泣きたくなった。
「あー・・・やっぱりダメ?」
泣きそうになった原因をすっかり勘違いしている元凶はごめんね?と厚と目を合わせる。
いたたまれない。
「そんなんじゃ、なくて」
「ホント!?わーい!じゃあ今度よろしくね!」
人の話を聞けよ。
同田貫と和泉の心が合致する。
良い意味でも悪い意味でもマイペースな姉妹だ。
「よし、じゃあ次の問題を解決しよう」
ぐるりと部屋を見回す。
「君ら、まともに食事取ってないね」
途端に皆の顔色が曇る。
「それが・・・食えてねえのは俺らもだよ」
「え?どういうこと?あ、料理できない感じ?私出来るから何か作る・・・」
「そうじゃねえんだよ。厨に結界が張られててな」
どういうことかと尋ねると前の主が勝手に厨房に入らないようにと刀剣男士に対する結界を張ってしまったそうだ。
刀剣の中でも霊力が高いメンバーでもその結界を破壊することができなかったため、今まで彼らは畑で育てた野菜を焼いただけのものを食べたりしていたようだ。
「ぐぬぬ・・・聞けば聞くほど悪行しかしてないなそいつ」
むう、とエレンは一つうなったかと思うと、案内して、と言う。
「どこに」
「いや、厨房に決まってるでしょ。この話の流れでどこに行けと。トイレ?風呂?・・・まさか覗く気!?」
和泉から距離を取るように大げさに後ずさるエレンは相変わらず空気を読まない。
「・・・で、何する気なんだよ」
「いや、その結界が対貴方たちのものなら、私だったら破壊できるかもなー、なんて」
「試してみる価値は・・・ある、か」
んじゃあさっそく、と和泉、同田貫、エレンが歩き始める。
「待ってくれ!俺も行く!」
その背に厚が声をかける。
「え?でもみんなと居た方が・・・」
「俺はアンタの事を刺した。・・・それでもアンタは何も言わない」
「え、だって全然気にしてないからだよ。あつ君は気にしいだなぁ」
あはははは、とエレンは笑い飛ばす。
「・・・アンタのこと信用したわけじゃない。でも、俺がアンタにしたことは行動で返す」
「んー、分かった。よろしくねー、あつ君!」
どこまでも空気を読まない(読めない?)人だ。厚の両手を握るとぶんぶん上下に振る。
「じゃあちょっと厨房行ってくるね!いちご君は弟くんたちと一緒にいてあげなよ」
「気遣い、ありがとうございます」
縁側に出ると同田貫の前に手を差し出す。
「はい」
それを見た同田貫はため息を一つ吐いてからエレンの頭にチョップを入れる。
「え?え??何???」
「別にもういらねえだろ」
エレンはたぬき君ありがとー!と笑う。
「だからたぬきはやめろ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら一行は厨房へと向かう。
「うーん・・・見たところは普通の扉に見える、かな」
そういいながら扉に触れた瞬間バチッという鋭い音と静電気。
「なるほど、こりゃ痛いわ」
静電気という程度を超えているのか、エレンの指先には赤く火傷のような痕が残っている。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫だよいずみ君、この程度でへこたれるほど軟な体と精神はしてないからね!」
だろうな。
エレンはその場でモンクに転職し、構えを取る。
そして扉の結界に対して連撃を加える。じゅうっという焼けるような音と焦げ臭い臭いに三人は思わず顔をしかめる。
「あ・・・」
厚は思わず声を漏らす。
扉に攻撃を加えるエレンの手が、火傷を負い始めている。
これ以上やったら彼女の手は?
結界を破壊できる保証は?
最悪の想像が頭をよぎる。
「殺劇舞荒拳!!」
エレンの声と共に拳と蹴りの華麗な連撃が扉に放たれる。
それはそれは美しくも素晴らしい攻撃であり・・・扉は無残に破壊され・・・・・・その結果は「結界、なぁにそれおいしいの?」状態。
厚の最悪の想像もそんな攻撃により木端微塵に吹き飛ばされた。
「やりすぎちゃったね」
てへっ☆(頭こつん)なんていうぶりっ子ちゃんがしそうなポーズを取られても目の前の現実は変わらない。
結界なんて最初からなかったんだとばかりに破壊された扉と閉じられ続けていたためにかび臭さがする厨房。
「いやいやいやいや!」
「違う!そこじゃねえ!俺らが言いたいのはそこじゃねえよ!!」
和泉と同田貫の鮮やかなツッコみ。
人は学習していく生き物だ。彼らもまた、この短い間で金色頭の不思議女の奇行にツッコみのレベルを上げていった。
しかしツッコみ続けていては疲れるだけだ。何せ目の前の生き物は空気を読まないのだ。
「とりあえずこれで厨房に入れるようになったね!やったね!」
これでいいのか。
ああ、もうこれ以上深入りするな。
厚と和泉は目で会話する。
「とりあえず火傷を冷やせ」
いつの間にやら同田貫が桶に水を汲んできて、エレンの腕を掴む。
拳の装備を外すと桶の水に突っ込む。
「わー、冷たくて気持ちいいねー」
火傷したこともどうでもいいのかエレンは相変わらずケラケラと笑う。
「きちんと手当しねえと痕残るぞ」
同田貫の言葉に、エレンはふっと真顔になる。
「別にそんなの気にしてない」
一瞬、別人かと思った。
別人と紛うほどにその声には抑揚がなかった。
「もう体中傷だらけだもん。今更一つ二つ増えたってねぇ」
しかしそれも本当に一瞬の事、エレンはへらっと笑う。
そこに、こんのすけがやってきた。
「エレン様!エレニア様が本拠地を整えられました!」
マジでか。
四人は顔を見合わせ、小さな狐の後を歩いた。