VS一期
びったんびったん。
簀巻きにされたエレンがうねうねと動こうと頑張っている。
「お前さぁ」
「何かなたぬき君!私は今動きたくて仕方がないのよ!」
「人質だってこと分かってるのか?」
スッと抜刀し、エレンの首スレスレに突き立てる。
ピリッとした空気が部屋に満ちる。
エレンは突き立てられた刀と殺意にみちた同田貫の目を交互に見る。
「分かってるよー、でもエルーは変な事しないって信じてるし。それにあの子は誰よりも優しいの。誰かを傷つけるような真似は絶対にしない」
「さっき容赦なく蹴られた上に人質扱いで放置されてるのは誰だよ」
和泉の呆れ声にエレンはケラケラと笑う。
「エルーはあれでいいんだよ。私にないものをエルーが持って、エルーにないものを私が持つ。そうするために二人で生まれたんだから」
何だか違和感がある言い方だ。
違和感を感じるが、それが何なのかがよく分からない。
「まぁ今この状態は不本意ではあるけど信用して貰う為には仕方ない事だからね。でも血流悪くなりそうだからせめて動きたい」
「っていうか同田貫!てめえ何人の部屋の畳に刀刺してんだ!!」
「あ?別にもうそこらじゅう傷だらけじゃねえか、今更そんな気にする事もねえだろ」
突き刺さった刀を引き抜いて鞘に収める。
「あれ、やっぱ私このまま?」
「当たり前だろ」
そっかぁ、と呟いて今度こそ大人しくなる。
「・・・・・・お前、人間か?」
何なのかが分からない違和感が、恐怖の元だ。
同田貫がそう尋ねるとエレンはふっと微笑む。
「私もエルーも、ヒトだよ」
そういってあくびを1つする。
「どうせエルーが戻ってくるまでは暇だし寝てようかなー」
「暢気過ぎるだろ・・・」
「それよりお前らが何でここに来る事になったのかを話せよ」
和泉の言葉にんー、と唸ってそれもそうか、と言葉を漏らす。
私とエルーが住んでいたのは「ルミナシア」っていうこことは別の世界。
生物のあり方も、ヒトの生き方も、存在の方法も何もかもが違う異世界。そこにはアドリビトムっていうギルド・・・まあ何でも屋って言えばいいのかな?人から依頼を受けてそれをこなしてる会社みたいなものがあるの。
話すと長くなるから省略するけど、色々あって世界を助けてから、ルミナシアとは違う世界と交信をしようって話になって研究チームが組まれてね。
そんななかで2205年の政府だって名乗るところから通信を受け取ったの。
そしてアドリビトムの依頼として「本丸に居る刀剣男士の治療」を頼まれてね。
厳正なる会議の結果、私とエルーが適任だってことになってここにやってきたの。
「・・・って感じかなぁ。かるーく説明すると」
相変わらずの簀巻き状態だが、エレンは真面目な顔になる。
「私たちアドリビトムは自由の象徴。困っている人や弱い立場の人は必ず助ける。私とエルーがたくさんの人に助けられてきたように、私とエルーもたくさんの人を助けたい」
お前・・・と和泉が思わず感激しかけた時
「でもやっぱり動きたいいいいいい!」
びったんびったんと跳ね始める。
「お前何処までも空気読まないな」
「え?エルーにもいつも言われるけどそうなのかなぁ?寧ろ私ほど丁寧に空気読める子いないよ!」
「「どこがだ」」
和泉と同田貫のツッコみが重なる。
はー、と同田貫が溜息を吐く。
「何処か出たいのか?」
「え?動けるならそれはありがたいんだけど」
動くなよ、と釘を刺してから同田貫は簀巻き状態を解いて、手を後ろに回させる。その状態で手首を縛れば・・・
「犬の散歩か何かかー。犬になった気分だね!」
あははははと笑うエレンには人質だという認識すらないのかもしれない。
縄の先は同田貫が握っている。勿論変な動きをすればその瞬間に抵抗も出来ずに頭と胴体がさようならすることになるだろう。
そんなことも気にせずにエレンは面白い建物だよなー、などと物珍しそうに障子を見ている。
そうして更に一歩進んだ瞬間、
「ぐえっ」
思いっきり後ろに引っ張られまるでカエルが潰れたような声を上げる。
それとほぼ同時に障子が真っ二つになる。
「だから俺らの部屋!!」
和泉の悲鳴と、珍しいお客様ですね、という穏やかそうな声が重なる。
「・・・一期一振、か」
見た目は非常に穏やかな青年だがその顔に浮かんでいる笑みはまるで氷のような冷たさを秘めている。
それは部外者であるエレンだけではなく、部外者を受け入れようとしている和泉と同田貫にも向けられていた。
「和泉守兼定殿、同田貫正国殿。これは一体どういうことですかな?」
「どうもこうも、人質だよ」
そう言って同田貫はエレンの手首を縛った縄の先を見せる。
「・・・信じるのですか?我々を見捨て、手ひどい扱いをした人間を」
彼が刀を握る手は怒りに震えている。
「それならそれで構いませんが、きちんと監視はしておいてください」
一期一振が背を向けるとほぼ同時にエレンの待って!という声が室内に響く。
「・・・・・・いちご君、足に大きな怪我してる」
ぴくり、と一期一振の肩が揺れる。
「一体何の話ですか?」
振り向いた彼の顔には苛つきが浮かんでいる。
「右足!今の歩き方で分かった。このままじゃ酷くなっちゃう。せめて治療させて」
それから同田貫の方に振り向くと縄を解いて!と慌てた様子で言う。
「信用できないならそれでいい。それなら治療をする間たぬき君が私の首に剣を当てていてくれて構わない。・・・困ってる人や傷付いてる人を放っておくなんて出来ない」
「・・・わぁーったよ!その代わり変な動きしたら直ぐ叩き斬るからな!」
エレンの勢いに押され、同田貫は手首に巻いた縄を解く。
「ほら!早く座って!下脱ぐ!!」
「待て待て!!脱がすな!!」
「だってそうじゃなきゃ傷見えないでしょ!?」
真面目故に、天然なのかもしれない。
一期一振は1つ溜息を吐くと、右足の裾をめくり上げる。
「うっ・・・」
和泉が思わず声を漏らす。
「酷い・・・何でこんな風になるまで・・・」
エレンも呆然とした面持ちでその傷を見つめる。
碌な手当をしなかったのがすぐに分かる。傷口は膿んでしまっている。
ここまで悪化してしまっていれば動いていなくても相当痛むだろう。
それを目の前の男は涼しい顔を崩さず耐え抜いていたのだ。
それを思うとエレンは泣きそうな顔になる。
「・・・・・・自分を犠牲にしてでも守りたいものがあるんですよ」
その言葉に同田貫と和泉がハッとした表情になる。
「兎に角この膿んだのをどうにかしなきゃ」
エレンの姿が一瞬で変化する。最初にエレニアがここにやってきたときの服装だ。
杖の先を膿んでしまった傷に向けて呪文を唱える。
「・・・リカバー!」
ふわっとした緑色の光が傷跡を包む。
それが消えると傷跡はそのまま残っているものの膿んでいた状態だけは回復している。
「これは・・・」
「リカバーって言ってね、普通の傷じゃない状態異常を治せる術なんだよ」
一期一振に答えながら次はキュアを唱える。
そうすると傷跡もキレイさっぱり治療される。
「あー、よかった。これで大丈夫だよ」
杖を仕舞うとエレンは同田貫に「縛ってー」と手を差し出す。
「・・・何故」
「え?」
「何故、助けるのですか」
一期一振の言葉にエレンはうーん、と首を傾げてから手を鳴らす。
「私とエルーがたくさんの人に助けて貰ったからだよ!」
だから、たくさんの人を助けるのだとエレンは続ける。
一期一振はぎゅっと唇を噛んで、それから深々とエレンに頭を下げる。
「斬りかかるという無礼を働いて置きながら失礼を申し上げます。どうか、弟たちの傷を治していただきたい」
エレンはポカンとした表情になったが、ふっと微笑むと一期一振の肩を叩いて顔を上げさせる。
「そんな風に頭を下げなくたっていいよ。お兄ちゃんが弟の心配をするのなんて当たり前だし、怪我をした弟がいるなら不審者に対して警戒するのも当たり前。謝らなくても大丈夫!全然気にしてないから!」
ね?とエレンが笑う。
「・・・・・・貴方は、こうやって敵意を向けられても笑えるのですね」
「違うよ。いちご君には守りたい人が居るのが分かったからだよ」
細かい事気にしない!と一期一振の肩をぱんぱんと叩く。
「よーし、そうと決まったら早速いちご君の弟君を助けに行こう!いずみ君もたぬき君も来てくれるよね?」
ああ、既に巻き込まれている。
そして、澱みきっていた本丸は、この異端の双子によって少しずつ変化してきている。
・・・何より、エレンもエレニアも嘘を吐いているように見えないし、信じてみたいという気持ちになる。
「さぁ!レッツゴー!」
一期一振を先頭に、エレンは彼の弟達の部屋へと向かっていった。